反転する鳥籠-12 剣/剣 結2
言わば二体一対の剣舞劇。互いに読み合い順序に打ち合う……二人の剣士の攻防は数秒毎に火花を増し速度を上げていった。先ほどの「剣の部屋」での戦いにおいて、相手の仕掛けたトラップにより大いに苦戦を強いられた剣女は、一切の隙を見せまいと連続で刀を振り回していた。ただ無言。一切の掛け声も無い。剣の鬼として極まった肉体の駆動だけが嵐の如く存在している。
しかし大場はなおこの斬撃を受けきる———そして狙いを定め、特定の方向から飛んでくる閃光のみを払い強引に攻守を切り替えるのだ。
「ほら一発!」「ぐうぅっ!」
彼の攻撃は反対に一撃一撃に入念な力がこもっている。早さではなく重さによって気迫を強め、剣女の動きを留めるのだ。剣女の刀身をへし折らんとばかりの重量が大場の西洋剣にかかる。
苦い顔の剣女———しかし、まだ余所見をするだけの余裕があった。
後方———セバスチャンは水の怪異に対し、本当に一切の手を出すことなくその動きを封じていた。
水の大場は大口を開けて高水圧の激流を吐き出すのが特徴だった。先の戦いを上から見ていたことが功を為したのか、セバスチャンは素早く、的確に、大場の攻撃を抑え続けていた。
「ぐあぁ」「はいはいっと」「あぐっ」
つまり。大場が大口を開いた瞬間に距離を詰め、下顎を押し上げて口を閉ざしていたのだ。蛇口を開けなければそもそも水は放出できない。執事はその長い両腕を駆使して、大場(水)に一切の攻撃をさせぬよう立ち回り続けていたのだ。
「ぐうう貴様卑劣なことぐあが!?」
「お喋り禁止ですよジェントルマン。あなたが一番面倒なのでね」
しかし、大場が水を発射できるのは口からだけではない。突然セバスチャンの前に掌を突き出すとぐちゃりと孔を開けたのだ。
「口だけだと思うな!」
眼前に新たな放出口。大水がせり上がってくる音が、段々と大きく聞こえてくる。
「———ええ、知っていますとも」
これにもまた、執事は先手を打つのである。
青年はスッと手刀を持ち上げ———
「なっ」
———大場の手首を叩き落とした。
「ぐうっ!?」
瞬間勢いよく水が噴出されるも、その矛先がセバスチャンに向かれることは無かった。足元に向けて解き放たれた水鉄砲は地面を抉り、大場はその反動でバランスを崩し転倒してしまったのだった。
「ハハッ!」
執事が鋭く笑い一気に駆ける。天井を仰いでいる男の頭上に飛び上がり、大場の四肢を押さえつけた。
「このォ……!?」
怒りで声を出した大場……しかし次の瞬間、まさしく、「開いた口が塞がらなくなった」。
「喋るなと言ったでしょう。息、できなくなりますよ?」
瞬間的に開かれた大場の口に手を突っ込み、喉の奥まで指を通していった。大場は手足をばたばたと動かし抵抗しようとするも、セバスチャンは一切動じない。
まさに獲物を刈り取った狼。酔いしれた笑みが今にも喰らわんと標的に向けられている。
その様子を見て剣女は呆れた。
ここまで圧倒しておきながらどうしてトドメを刺さないのか。しかしこれで水の怪異の妨害が入ることもなくなったのも事実。紛れもなく、一対一の仕合に持ち込める。
「どうした剣女! 受けてばかりではいずれ壊すぞ!」
男の声が耳に五月蠅い。剣女は前方に視線を戻し、低く呟いた。
「まさか、ただ重さで苦しんでいると思ってはいるまいな」
———逆転劇が始まった。
彼女は僅かに、握っていた柄の位置をずらした。こうして刀の重心を移動させ———
「なっ———」
大場の剣が重量のままに流され地面に落とされた。
「この剣を流したか! 小癪な真似をする!」
「貴様に言われたくはない」
剣を引き抜こうとする大場だがあまりの重量にすぐに立て直すことができない。当然そこを狙った。
「まず一つ———貰う!」
血が噴き出す。剣女の降ろした一刀は、確かに大場の手首を切り落とした。そして大場は顔を歪め、大きな隙を作りだした。ここを突かぬ理由はない。刀を構え直し、その切っ先を真っすぐに突きつけようとした。
「……させるかい!」
男が血の吐き続ける腕を真横に伸ばした。するとその先———剣の部屋から複数の武器が飛び込み、剣女を仕留めようと襲い掛かってきた。
『———肋の蜘蛛!』
咄嗟に詠唱し矛先を変えた剣女。刃の輝きが糸となり、来るモノ全てを狙い撃った。数十もの剣を光の線でつなぎ、蜘蛛の巣にかけるが如く攻撃を阻めたのだった。
しばしの休閑。二人の剣士は何度も胴体を上下させ酸素を取り込む。蜘蛛の糸に絡まった剣の怪異は何度もトラップを破ろうと蠢き続けているが、剣女は決して力を緩めなかった。
ギチギチ、ギチギチと絞られるような効果音を背景に、二人は互いを見据え続けていた。
「水のやつは身体を再生していたが、貴様はしないのか」
「私には無理かな。一度ヒビが入ったらもう使い物にならないよ。それより君の方はどうする」
横を見る。先の部屋で大場は、この剣の大群は全て自動的に稼働すると言っていた。大場を討ったところでソレラは寸分の狂いも無く剣女を狙うことだろう。
———簡単なこと。それなら、避けなければよいだけのことだ。
剣女は大場に悟られないよう、口を開けず舌のみを動かし始めた。
「私を斬るにはこの外法を解除しないといけない。しかしそうすると全ての剣が君を串刺しにするぞ。まあ、すぐに蘇る君には栓なきことことかもしれないが……今度は数十もの肉片に分解してやろう」
蘇られるから受けてもいい。否、そんなはずはない。
この身は、この魂は全て、主たる「天」と分かち合っているものだ。
剣士と天の魂を繋ぎ止めている肉体をどうして無下にできようか。
御覧じろ。ヒトならざる幻像よ。傷一つ受けることなくこの戦況———こちら側に傾かせてくれる。
そして———詠唱は終わった。
剣先から伸びていた光の糸を切る。よって、剣が一斉に動き出す。数十もの刀剣がまっすぐに剣女を貫かんとする。
「終わりだ流天の剣女!」
前方からは男の声。勝利は我が物と言わんばかりに高揚している様子を見て、内心笑ってやるのだった。
『流れよ———』
剣士は横一線に白の軌道を引く。それだけで———全ての刀剣が破壊された。
『———
轟音がホール全体を埋め尽くした。金属が破裂する音、大地が揺らぐ音。
「ぐっ……うぁあ! 何が起こった!」
大場が眼を擦り周囲を見渡した。土煙が段々晴れていき、見えたのは———隣の剣の部屋との壁も崩壊させるほどの大きな斬撃の痕だった。
「ちぃっ……力技で押し通るとは!」
大場は地面に刺さっていた細長い剣を掴み取り、大崩落を起こした張本人を強く睨みつけた。
一方の剣女は、月光のように鋭い眼差しを持って大場を見返していた。
つまるところ、状況を一転させるのに奇をてらう必要はないということだ。
一つ大きな一撃を使えさえすれば如何様にも天秤は揺れ動く。
剣女の大技、「嵐脈独楽奔り」は本来ならばこれ以上に範囲の広い技だが、今回は規模を縮小させた形での発動となった。
当然大技には時間がかかる。意識を集中させ、長い時間妖力を注入させなければならなかったが……時間を与えてくれたのはむしろ大場の方だったというわけだ。
「さっきは私の動きがわかりやすいとか言ったな、大場。その言葉、そっくりそのまま返してやる。私に比べればお前の剣、致命的に遅すぎる。その上大振りだ。確かにさっきは動きが読まれたが……それ以上に早く立ち回ればいいだけのことだ。それにな———」
大場は話を聞いていなかった。今にも砕けそうな剣を携え果敢に立ち向かってきたのだ。無謀にも決して引かない勇猛さと言えば聞こえはよいだろうが、もはや無意味。
剣女はその腕さえも切り落とし、流れるように頭部を貫いた。
「わかりやすい必殺技というのも、そう悪いものではない」
刀ごしに死へのカウントダウンが届いてくる。刀身を血液が伝う度に脳の鼓動が遅くなり、最後には響くこともなくなった。
剣の部屋の主は確かに絶命したのだった。
大場だったものの肉体が砂となり崩れ落ちる。代わりに現れたのは、華美に飾りを施された一つの大剣であった。
(……これがヤツの正体か?)
残された武器を数秒観察する———すると突然。
「やってくれたねバケモノがあああああ!」
突風のような怒声が轟き、真横を人体が吹き飛んでいくのが見えた。
「なっ……セバスチャン!?」
水の怪異を抑制していたはずの執事が、剣の部屋の奥まで突き飛ばされていたのだ。
後方を見る。
もう一人の大場はもはや原型をなくし身体中に孔を開けていた。そこから泥のように濁った液体が溢れ出ている。剣の大場とは明確に違う姿だ。これを見てなぜ人間と言えようか。
「コロス……いいヨナぁ……大場……ぁ」
刀を再び構える。さあ———もう1ラウンドだ。
現在の鳰下町ミュージアム占有状況
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黒塗り……非攻略
白塗り……攻略済み
★……エイダと剣女の現在地
◇……近衛槙の現在地
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