反転する鳥籠-11 剣/洪水

 二人の大場が左右からにじり寄ってくる。

 両方を見回し、柄を握りしめる。


 どっちが先に来る? どちらを先に倒す?

 二人相手……どちらも苦戦した。できることなら早めに一対一に持ち込みたい。それならどちらか一方は数秒で片をつける必要がある。


 ———先に水の方を倒す。


 個人戦に持ち込める剣の大場とは反対に、水の大場は攻撃範囲が広すぎる。これを躱しつつ二人同時に戦うというのはかなりの無理を強いられるはずだ。

 そう考えているうちに二人の大場が走り出す。速さ、歩幅、どれを比べても完璧に同じ。足音も重複して聞こえるようなこともない。


 ぎりぎりまで引き付ける。悟られるな。気づかれれば戦況は一気に傾く———!


「———雄風波打ち、」

 跫音きょうおんが迫る———まだ。


「木の葉落つ———」

 距離を察する———まだまだ。


 詠唱は終わった。なら機を逃さぬよう気を張るのみ。

 音の大きさと距離を組み合わせる———二十、十———あと、一!


「一線、衝断!」


 刀を抜き放ち、片方の大場を仕留め———


「だから、わかりやすいと言っているだろう?」


 ———損なった。


 それどころか剣女が斬ったのは誰もいない空間だった。何の手応えもなく棒を振り回す音だけが耳に残る。


「どこに」


 呟くもすぐに自分に影がかかったのを察した。顔を上げると、


「やあ」「ごきげんよう」


と、二人の大場が武器を構えながら交錯していた。


「跳んだ、のか」


 刹那。

 剣女の肉体は一本の剣と高圧の水鉄砲で穴を二つ空けることとなった。




「クソ……!」


 溢れ出す血液。肩から足に至るまで貫かれた。恐らく心臓も破れている。呼吸ができない。立っていられない。痛みが、身体全身を喚かせる。


「すまん、天———!」


 剣女の使っていた身体は仮にも主たる天のものだ。彼女の能力がどこを裂かれても瞬時に回復できる自然治癒力であっても、むやみに傷つけるようなことはあってはならない。

 しかし今、常人なら即死であろう攻撃を受けた剣士は何も為すことが出来ない。どうやっても回復が間に合わない。至近距離には敵二人。恐らく不死身であることを見越して更なる追撃を行うだろう。


(詰んだか———!)


 着地の音と笑い声がそれぞれ二つ。大場たちがまた腕を振り上げる。

防御を取る、しかしどちらを防ぐ、両方ともは難しい、いやそれ以前に、刀を握れるほどの力が残っていない……!




「ここまでの醜態を晒すとは、見ていられませんね」


 大場たちが見上げた。ここにいるはずのない、三人目の男の声が聞こえる。


 そして天井から、執事服を着た茶髪の好青年が凄まじい速度で降下してきた。大場二人がその場から離れると、「彼」は優雅に着地してみせたのだった。そして剣士を見下げ、嘲笑う。


「やれやれ。用心棒が聞いて呆れます。強みはその不死性だけですか? 人型相手なら自分の方に利があると———そうおっしゃられていたはずですが?」

「……煽る口があるなら貴様もさっさと来ればいいだろうが。この家臣もどきが!」

「なにをおっしゃいますか! この身体はお嬢様のモノ。わたくしめが傷をつけるわけには行きませんよ」


 病的なほどに白い肌、ぐにゃりぐにゃりと形を変える表情。そこに大場の疑問がかけられた。


「どなたかな」


 声に応じて彼は振り返った。そして胸に手を当て、真っすぐに辞儀を見せる。


「失礼。わたくしめは執事———天上の姫君、エイダ・ミラ様にお仕えする第一の忠臣こと、セバスチャンと申します」


 セバスチャン———エイダが体内に飼っている怪異の一人。この通りエイダの執事を自称している、見た目だけは高身長、容姿端麗の美青年である。黒い執事服を纏うその姿は人間と相違ない。

主をかなり持ち上げる一方で、他は自分よりも格下であると信じて疑わない面倒な側面も持ち合わせている。


「本来なら勝負が帰する場面をお嬢様と観覧するつもりだったのですが……まさかここまでの体たらくを働くとは。見損ないましたよ剣士殿」

「黙れ……」


 剣女はこの隙に全力で治癒力を増幅させる。執事はこう言っているがきっとエイダの命令だろう。この青年は決して、自分の意思で主以外を助けようとはしないのだ。


「すっかりとお嬢様の目を汚してしまいました。これはどうにか挽回しないと、こぴっどく叱られてしまいます。二人相手が無理ならわたくしめも手伝いましょう。本当は嫌ですが」

「手を貸すだと? 攻撃もしない軟弱ものが何を言う」

「はっ、当然でしょう———わたくしめは何者も傷つけません。己も敵すらも、ね」


 エイダの怪異に、敵を直接傷つけるものはほとんどいない。それはこのセバスチャンも例外ではない。

 しかし剣女の見立てでは、この男も自分と同等に戦闘を行えるはずである。それでも力を発揮しないのは恐らく彼なりのポリシーが要因なのだろう。


「わたくしめは、あの水を吐く方を抑えましょう。ええ、抑えるだけです。あなたが剣を持っている男を倒したならすぐに退きます。相手を倒す役割は、あなたのものですからね? お嬢様もそれを望まれておいでです」

「……わかった。なら後ろは任せるぞ。執事」


 剣女が言うとセバスチャンは白の手袋をきつく締め直した。


「ええ。そちらもよきショータイムを」


 立ち上がった剣女……その肉体は完全に元に戻っていた。


 剣士と執事———二人の視線の先には同じ容姿の男性二人。

 合図を交すことなく二人は歩き出す。

 剣女は刀を構え、セバスチャンは指を鳴らす。


 怪異入り混じる乱舞劇は、まだ終わらない。





現在の鳰下町ミュージアム占有状況





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黒塗り……非攻略

白塗り……攻略済み



★……エイダと剣女の現在地

◆……近衛槙の現在地


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