反転する鳥籠-10 洪水/再起

 剣女の刃が喉元を捉える寸前、大場は顎の骨が割れるかと思うほどの大口を開け、大量の液体を放射した。


「な———っ!」


 即座に姿勢を下げて攻撃から外れる剣士。そのまま横転し大場を見やった。


「アアアア——————ああ」


 水を吐き終えた大場は下顎を強引に押し上げて何度もすり合わせた。この攻撃、一体何をもって人間であると言えようか。

 大場の前方一直線、壁に至るまで水溜まりで作られた道が生まれている。


「一撃で身体ごと飲み込もうとしたが素早いなあ! 感心感心」

「……なるほどな。貴様と私が初対面だというのも頷ける。確かに先の部屋でやりあった大場とは別物だ」


 口をぎりぎりとずらし続けながら大場が振り向いた。そして首をがたがたと揺らし目を大きく開く。


「そのトオリ! 隣の部屋から生まれ出でたのは「剣」の君主! そして私は「水」の部屋より参上した海の支配者!」


 機械仕掛けの玩具のように小刻みに揺れ動く、大場の姿をしたナニカ。カレの動きを観察しているとエイダが歩み寄ってきた。


「ねーねー剣士ちゃーん。アレの正体ねー」

「……言わんでもわかる。どうせ怪異の一種だ」


 そう断定して剣女は再び柄に力を入れたが、エイダが「待って」と言わんばかりに裾を引っ張った。


「決めつけるのは早いよ。あの人、確かに怪異の力を使ってはいるけど、純度百パーそうってわけじゃないみたい」

「どういうことだ」

「みんなが言うの。あれは普通の怪異と違うって。本物の怪異には怖いオーラみたいなのがあるんだけど、あの人には無いんだよねー。というか空っぽ。一目見たら人間に近いんだけどそうでもない。なんだかどっちつかずーって感じ」


 少女の説明を聞きながら様子を見続けていると、大場は突然大きく空気を吸い始めた。それに応じて胸部が、人間の肉体とは思えないほどに膨張していく———


「すうーーーーーーーーーーーーーー」


 数秒先に来る砲撃———剣女は咄嗟にエイダの手を取って高く跳躍した。


「ぼああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 空中から攻撃の様子を俯瞰する。


「わわわ!」


 ————————範囲が広すぎる!


 先ほどの水鉄砲よりも勢いが強く、そしてなだれ込むように部屋を埋め尽くしていく。まるで濁流。とても人の身体にあったとは思えないほどの水量だ。


「あれはあれで剣を使っていた大場よりも厄介だな———おいエイダ。貴様も見ていないで手を貸せ」


 壁に刀を刺して身を固定しつつ、横腹に抱きかかえていた少女に命令するも返ってきたのは悪戯のような笑顔だった。


「ふふ、無理無理―♪ あそこまでされちゃワタシも手出せないよー」

「はあー」


 舌打ちを打つもエイダの態度は変わらない。


「ごめんねー。あの子が起きてたら手伝えたんだけど。最近呼んじゃったからー」

「一体何があったら呼ぶことになるんだあの悪魔を……まあいい。少なくとも補助はしろ。戦いはできなくともそれくらいはできるだろ」

「しょうがないなー、リリー!」


 呼びかけに応じてエイダの胸元から光体が現れた。顔の前で止まりふよふよと浮いている。


「あのおじさんと遊んであげて!」


 『リリー』は大きく弾むと鳥のように大場の元へ向かって行った。


「リリーがお手伝いするから後は頑張ってねー。ワタシはセバスチャンに守ってもらうから!」

「わかった……ちっ、あの執事もそれなりに心得はあるだろうに」


 エイダを腕から解いて剣女は落下する。頭上でエイダが浮かび始めたのを流し見しつつ刀を持ち上げた。


「はああ———!」


 着地と同時に大場の頭蓋を叩き割ろうとするも、彼は足を退いてこれを躱す。止まっている暇はない。剣女はすぐに刀身を裏返して振り上げる。皮切りに歩を進め、何度も何度も線を引き続けた。


「おっと、ほ! あらよっと」


 大場は器用によけ続けているが、時折リリーが飛び出し視界を遮る。そうしてバランスを崩し男は後退し続けていた。そして壁にぶつかるまで、あと数メートル。


 ———ここで一気に攻め入る!


 剣女は大きく強く地面を踏みしめた。そのまま跳ね、間合いを詰め———


「ぐあぁ」「っ! ちっ!」


 不可能。男が大口を開けた。即座に体勢をずらすと———すぐに高水圧の鉄砲が真横を通り過ぎていった。そして僅かに髪が濡れる。


 リリーも離れ、逃げるように剣女の近くへと飛んでいった。恐怖しているのか背中でぶるぶると揺れ続けている。

 ……しかし止まるわけにはいかない。攻めて引いての繰り返しでは戦況すらも変えられない。ここは捨て身でも一撃を与えなければ体力が尽きるのはこちらが先だ。


 帽子を押さえつつ剣女は再び駆け出した。姿勢を下げ、獣の如く足を速める———!


 狙うは銅。流れて首。そして頭部を欠片程度まで切り刻む。


 算段を立てた直後には既に大場の懐に潜り込んでいた。敵は未だ水鉄砲を吐き出しており、止む気配もない。仮に男に気づかれて抵抗されようにも、距離は既に一メートル……剣女の刃の方が先に届く。


 ———討つ!

 剣女の目が光る。切っ先は的確に、相手の肉体を両断せんと奔り出していた———


 ———ぐりり。

 同時に、大場の目が蠢いた。


 突如剣女の目の前に掌が突き出される。防御の姿勢———知ったことか。その盾ごと撫で斬ってくれる———!


「———ぶは」


 男が声を漏らす。

 水を吐き出し終えた後の月賦か———それとも、束の間の笑いか。どちらにせよ男は、余裕の表情を崩さない———。


 剣女の前に出された掌に、突如孔が開いた。


「は———?」


 まるで口のように黒々とした空間が見えている。一目見れば呑み込まれてしまいそうな、肉壁の洞窟———。

 そしてその奥から「グツグツ」とせり上がってくるような水音が聞こえてきていた。どう考えても、これは砲撃の前兆!


 ———いや、止まるものか!


 ここでまた避けたところで苦戦を強いられるだけだ。それなら、撃たれる前に斬り尽くすのみ!


 瞬間。剣女は全身の力を抜き、刀を握る両腕のみに意識を集中させた。余分なもの、重さ、逡巡を捨て、ただ速さのみに特化させる。

 そして。


 刻む斬る流す撫でる裂く貫いて壊す!


 大場の腕をこれでもかというほど、切り、斬り、断つ……!

 噴き出す血と水を浴び、眼球を紅く濡らす。衣服が一色に塗りつぶされてもなお彼女の剣戟は止まらなかった。

 まさに螺旋。剣の軌道だけでとぐろ巻く蛇を描き出すに至った。

 そして腕を一本、完膚なきまで破壊し尽くした。


「ぐう、あああ! ふはははははははははハハハハハハハハハハハ!」


 紅い液体を噴き続ける水のニンゲンは高揚するように叫ぶ。痛みに悶えているのか、もしくは気が触れてしまっているか。

 しかしこれで勝負はついた。直に大場の心臓も孔を開ける。


「は、ハハはははは! は、がふっ……」


 男は時間差で血を吐き胸元に傷を開く。

 当初の予定からは随分と異なる流れになってしまったものの、剣女は攻撃の際に心臓をも貫いていたのだ。


「アアアアアアアア—————————イタイ、痛いなァ————————酷いコトするじゃないかバケモノめェ!」

「人にも怪異にも成りきれん半端者め。さっさとこの部屋を明け渡せ」


 血を払い鞘に納める。同時にオトコは白目を剝き、ぐらぐらと倒れ落ちた。


「……終わった。出てきてもいいぞリリー」


 ずっと後ろに張り付いていた光の精霊がぴょんぴょんと跳ねて出てくる。


(……手伝うとは言っていたが、結局何の役にも立たなかったな。本当に何の怪異なんだ……?)


 嬉々と飛び回る光体を眺めながら、上で見ているはずのエイダに声をかけた。


「降りてこいエイダ。恐らくこれで終わったはずだ。近衛も回収してとっととここから……!?」


 突如、耳に破裂音が響き頭を押さえた。土煙も蔓延し口を押える。

 そして音のした方向を見た。


「……まだ終わらないのか。いい加減うんざりだ」


 この部屋の壁が壊されていた。隣接していたのは剣の部屋。そこから……

 身体を傷だらけにした、大場廉之助が立っていた。


。剣女」


 彼の手には両刃剣が握られている。どう見ても先ほど剣の部屋で刃をぶつけあった、大場廉之助である。


「……まさか本当に殺しきれていなかったとはな」

「私……いや、私たちは特殊な身体を有している。ほら、後ろを見て見るといい」


 言われた通りに振り返ると、死んだと思われていたもう一人の大場廉之助も立ち上がっていた。

 肩の傷口から水が流れ、凝固し、腕を形作っている。


「君も来たようだねえ剣の部屋の私!」

「ああ……私よりも派手にやられたようだな、水の私」


 二人の大場……しかし性格も能力も異なる存在に挟まれ、剣女は鯉口を切った。


「さあ、第二試合と行こう」「さあ、もう一度遊ぼう!」


 歯を軋り合わせる。ここからは更に、乱戦が予想される———。


「「私たち、オオバレンノスケが、君の相手をしよう!」」






現在の鳰下町ミュージアム占有状況





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黒塗り……非攻略

白塗り……攻略済み



★……エイダと剣女の現在地

◆……近衛槙の現在地

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