反転する鳥籠-8 再戦/洪水
「はい蛇の部屋こうりゃーく」
エイダの声に合わせて『リリー』が手元に戻ってくる。西側一列最後の部屋、「蛇の部屋」をものの数分で突破してみせたようだった。
同時に脳内で展開されているミュージアムの全体マップ———佐々木迷宮によって占有状況が可視化されているものを確認する。
「あっちも攻略終わってダブルビンゴー……ってあれ」
想定通りなら、エイダか剣女のどちらかが部屋を攻略した時点で美術館に仕掛けられたカラクリを解除できるはずだった。ところがミュージアムには何の変化も起こっていない。揺れたりも音がしたりも光ったりも、攻略が終わったことを示すような反応が何一つ起こらないのだ。
「……これホントに終わったのー? 脱出できるのー? おーい!」
エイダは大声を出してみるも何も変わらない。甲高い音の残響が聞こえてくるばかりである。
「うえー……出れないじゃんどうしよー……天ちゃんと合流した方がいいかなー」
地図は剣女にも共有されている。場所も近いため合流すること自体は簡単なはずだ。
するとそこで脳内に別の声が響き渡った。
『———待ってエイダちゃん! 地図よく見て!』
「んー?」
声の正体は佐々木瑠璃。彼女の呼びかけを聞いて目を強く瞑ってみる。
エイダはすぐに、「え?」と呟いた。
「……瑠璃ちゃん。もしかしてバグってるー?」
『バ……!? バグってないよ!? 迷宮はちゃんと全部の部屋映してるよ!』
「それじゃあ……誰かが部屋を真っ黒にしてるってこと?」
今エイダが見ている脳内ミュージアム俯瞰図に発生している異常———剣女とエイダがそれぞれの部屋を突破しても変化が起こらなかったのも当然だ。なぜなら、
『……うん。西側の部屋二つが、取り返されてる』
最西端の縦一列、中央とその下の部屋は、確かに剣女が支配したはずだった。そして部屋に明かりが灯ったこともエイダは確認している。しかしこの二つが、再び真っ黒に染められている。白が黒に塗りつぶされている。
———一体、いつ? どのタイミングで?
マップを常に見ていたにもかかわらず占領地点を強奪された。なんの前触れもなく。
『———エイダ。私が取った部屋が消えたのは本当だな』
思案していたところに剣女の声が入ってくる。彼女が異変に気付いたのも当然だった。
「さっすが剣女ちゃん。情報はやーい」
『御託はいい。原因はわかるか』
「わかんないよそんなのー。急に消えたんだもん。瑠璃ちゃんもそう言ってる」
『なら今から行くぞ。二人がかりなら苦戦もしないだろう』
「えーっ」
間髪入れずに言った剣女にエイダは声を上げる。
「誰かと戦いに行くみたいな言い方―。ワタシ疲れてるんだよ?」
『ほざけ。息切れも起こさないでよくそんなことが言えるな』
「はいはーい。この時のお姉ちゃん怖いからキラーイ」
『っ!?』
一瞬震える声が聞こえたがすぐに咳払いに変わった。
『……あまりそういったことを言うと天が悲しむからやめてくれ』
「ふふふ。冗談だよー♪ ホント面白いんだからー♪」
念話をつなげたまま次の部屋への扉に手をかける。行く先は土竜の部屋。
なぜ一度攻略したはずの部屋が元に戻されたのか。その真相を今開く———。
開閉の音は二つ。がたんと重い音が空間中に鳴り響く。視界は予想通り薄暗く、何らかの怪異がいるのかどうかさえわからなかった。ただエイダの視界の端に、同じく入って来たであろう剣女の気配を感じ取れるだけである。
「姿を隠すな。さもなければこの部屋ごと破壊するぞ」
低い声で剣女が警告した。エイダは内心「えー……」と呆れてしまったが。
「貴様は何者だ。名乗れ。そして姿を見せろ。部屋を暗くしたところでそこにいるのはわかっているぞ」
足音と抜刀の音が同時に聞こえる。この視界不良の中でも剣士は戦うつもりらしい。その一連の流れをエイダが立ち尽くしながら聞いていたその矢先———
「そう怖い声を発しないでくれよ流天の剣女! 私も歳なんだ、寿命が更に短くなってしまう!」
男の声が高らかに響き、パッと部屋に白い明かりがついた。エイダと剣女は同時に目を瞑り、瞼越しの光に慣れたところでゆっくりと目を開いた。
そして部屋の中央に、男性が立っていることを視認した。
「な……に———……?」
剣女が動揺している。エイダも同時に固唾を飲む。
「なぜ、お前がここにいる」
「どうしてって……部屋を取られたから取り返しに来たんじゃないか」
脳内に展開されたマップ上でも剣女と敵の戦いは見えていた。今目前にいた男は確かに、さっきまで剣女と戦っていた———
「……大場 廉之助」
名を呼ばれ、男はにやりと笑う。
「やあ、初めまして淑女たち。私の名は大場廉之助。以後お見知りおきを」
胸に手を当ててお辞儀を見せた大場に剣女は一喝する。
「貴様は私が確かに斬った! だがなぜ立っている? なぜ、傷が一つもない?」
「……何のことかな? 私と君は初対面だろう?」
「は……?」
大場はおちゃらけたような素振りをし続けている。
「私と君は今初めて出会った。私は君のことを噂でしか知らないし、君もまた大場廉之助には会ったことがない」
「……煩わしい。貴様は何を言っている」
「ふはっ!」と大場は笑い飛ばした。
「迷っているねえそうだろうねえ! 君は何も知り得ないまま永久に囚われ続けるのさ!」
踊る大場を前に剣女は冷たく息を吐いた。その声だけでも彼女が苛立っているのがわかる。
「……もういい。貴様の言葉は聞かん。さっきと同じように斬り殺してやる」
ゆっくりと鞘を抜いた剣女はじりじりと距離を詰めていく。一方で大場は顎を擦りその様子を余裕の表情で観察しているようだった。
(……おかしいな)
エイダは先ほどの剣女の戦いを思い返していた。流天の剣女は大場廉之助と戦い勝利を収めたのは確かだ。しかし肝心の大場は、霧のように消えていったのだ。
もし大場が人間で無いのなら。
あの瞬間大場を完全に倒すことができていなかったとしても不思議ではない。
そして今、もう一つの違和感があった。
「さあさあ来たまえ! 私は君の力を見たくてウズウズしているんだ!」
———大場はここまで好戦的だったか?
剣の部屋で剣女と相対した男はどちらかといえば物静かな印象を思わせた。戦闘に際しても、戦いが熾烈を極めるようになって初めて意欲を出し始めたと記憶している。
しかしこの部屋に現れている大場は?
彼は最初から剣女と戦うことに意欲的だった。そして振る舞いもどこか躍動的である。
(まるでピエロね……)
明らかに性格が変わっている。本当に今ここにいる大場と先ほど見ていた大場は同一人物なのだろうか?
エイダは体内に潜む怪異たちに問いかけ続ける。ヤツの正体は何?と。すぐに答えは返ってこない。しかし全員が、その男の存在定義に疑問を投げかけていた。
そう、大場はまさに道化師。現れる場所によって性質自体を歪めているように見える立ち振る舞い。
エイダは決心する。今はまだ、剣女と大場の再戦に加わるべきではないと。大場の正体がなんであるかを見極めることに時間を割くべきであると。
(ま、人型相手なら天ちゃんの方が強いしね♪)
そして剣女は駆け出した。
瞬時に距離を縮めて刃を振り上げる。
呼応して大場は、口を大きく開け、
大洪水を吐き出した。
現在の鳰下町ミュージアム占有状況
□■■◆■
□■■■■
■■■■■
★□□□□
□□□■■
黒塗り……非攻略
白塗り……攻略済み
★……エイダと剣女の現在地
◆……近衛槙の現在地
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます