反転する鳥籠-7 剣/剣 結
そのとき、真横一直線に赤い飛沫が飛んだ。突然の痛撃に気を取られた剣女の隙をついて、大場は刀を打ち払う。そして、今度は両刃剣を真上から振り下ろしたのだった。
「っ!」
頭部への直撃を寸前で避け、帽子の鍔が切れる。しかし僅かに剣先が胸に当たり、縦にも傷がつけられた。
後退しようにも———大場は逃す気が無かった。両手で掴んだ剣で何度も剣女を振り刻みに来る。刺さる直前に刀で抑えるも、徐々に体力が削がれていった。
剣女は力強く跳び、大場から距離を離した。
十字に裂かれた肌。すぐに傷は治っていくものの、それ以上にショックが大きかった。
———相手の動きは、明らかに人間のものだ。
己のように飛びぬけた身体能力があるわけでも、怪異による強化があるわけでもない。
あの大場という男は、人間が行えるであろう最低限の動きのみで、人外の戦闘力を持つはずの剣女を抑え込んだのだ。
大場は剣を地面に突き立てる。
「やはり肉体へのダメージは見込めないか! だが精神への攻撃は有効というところかな」
余裕の素振りを見せる大場を剣女は観察しつづける。
———あの剣、かなり重かった。恐らく私の刀身よりも。だがこれだけ傷をつけておいて奴は、ひと汗かいた程度しか疲労していない。
ここは
そう判断し己の力を込めた瞬間、
「ぐうっ!?」
腕に、剣が突き刺さった。
「ズルはダメだよ。ズルは。剣士なら剣一本で勝負するべきだ。もし怪異としての外法を使ったら、この部屋にある剣は君をバラバラに引き裂いてしまうよ」
大場の言う通り、外法を使おうとした瞬間に頭上から一本の剣が襲い掛かってきたのだった。剣女は大場をきっ、と睨みつける。
「貴様、何の剣を使っている?」
「名も無い剣だよ。ただちょっと、西洋の剣技を学んでいただけさ」
剣女の腕を貫いていた剣は自動的に引き抜かれた。孔はすぐに修復されていき、剣女は再び構える。
「なんだい、そのポーズは。成ってないよ」
「……何?」
「片手でそうやって向けるの、腕力の無駄使いだよ。せっかく片側にしか刃がついていないんだから肩に乗せたまえ」
突然の大場の馬鹿にするような言い方に眉を寄せるも、大場は続ける。
「それにさっきの動きも、わかりやすすぎる。当たり前に早く動いておいて、剣の振りが大げさすぎるんだよ。避けてくれと言っているようなものじゃないか」
「———ッ!」
飛び込む剣女。一息で首を撥ねる———その一点のみで間合いに入るも、目と鼻の先には既に剣先が突きつけられていた。足が、止まる。
「はあ、怪異と言えどその程度かい。真っすぐに飛んでくるだけの矢みたいじゃないか」
大場が呆れた顔で剣を向けていた。そして、
そのまま、眼を間引かれた。
「ぐう!? クソ……」
「どうせ、治るのだろう? 痛みなど、関係ないのだろう?」
暗転した世界に赤い溜まりが滲んでいく。
「呆気なかったな。君を蒐集させてもらうよ」
何も見えなくとも、目前で剣が挙げられたのは感じとれた。ごん、と。重たい金属が持ち上げられる音が脳に反響する。しかし為す術がない。
仮に相手が怪異であるならば、大場の言う通り、判りやすい瘴気を読み取ることで対処できた。だが人間にはそれが無い。ただ、「行動」しかない。
命あるものには明白な「妖しさ」が無い。
この時代の人間には、溢れ出る程の「殺気」も無い。
何も、視えない。
—————————————————————————————————————
薄ら記憶。
ざあざあ、びたびたと雨が肌を叩いている。
この痛みにはもう慣れたものだ。
少年の目の前には暗い洞穴があり、中には全身が傷だらけの偉丈夫が座り込んでいた。男は生気のない眼差しで、少年を見つめる。
少年は孔に入ると刃のこぼれた太刀を落とした。
「オイ坊主。その刀、どこで拾った」
掠れた声に少年は返す。
「うみ」
「なぜ俺のとこまで持ってきた。これが俺のもんだと……わかっていたのか?」
男は顔を上げる。少年は男を睨みつけて言い放った。
「おしえろ」
「あ?」
「おまえ、つよいの、わかる。おしえろ」
「何のためだ?」
「つよくあらねばならない。そうでなければ、いきられない」
「本能みてえに言いやがる……だが、他にやることもねえしな」
男は、きひりと笑った。
「このおんぼろに教えを乞うたぁ、随分な馬鹿野郎だ」
ぬるりと立ち上がったその男は、少年の何倍も高かった。
しかし少年は表情を変えない。聳え立つ大岩を前にしても決して揺らがなかった。
「もう尽きる命だ。その前にお前に押し付けてやる。だが、肝に銘じておけよ。所詮俺は負けた身だ」
男は刀を拾い上げる。するとみるみる内に全身の傷が塞がっていくではないか。声帯の傷も癒えたのか、言葉もはっきりと少年の耳に届くようになっていた。
「もしテメエが誰にも負けない無敵の剣を望んでいるなら、俺の剣だけじゃ足りねえ。俺を討ったあの若造の剣———天狗の早業も覚えて行け。俺とアイツ、二人分だ。どう組み合わせるかは知らん。テメエで勝手にやれ」
男は洞穴から出ると間近の木の枝を折り、少年に投げた。
かの少年は受取り、構えた。
甲高い掛け声は雨音をも貫き、森林中に響き渡った。
———ああ、これは。一体誰の記憶だっただろうか。
—————————————————————————————————————
「……まだ、動くかい」
大場の振り下ろした剣は、剣女には届かなかった。目の見えないはずの彼女は、瞬時に大場の手首に切り傷をつけたのだ。
片手を抑えて二歩後退した大場。目前の———血涙を流している剣士は、瞼を震えさせながらも開眼する。
———まさに、人為らざるモノ。
大場の目には、横一直線にヒビの入った瞳孔を大きく見せる剣女の顔が映っていた。みるみる内に血が収まっていく様も、化け物そのものだった。
その歪さに、大場は距離を離していく。
「……ほう」
剣女は、両手で刀を持った。真っすぐに、芯を持ったかのように立っている。
今までの彼女とは、何か違う。
大場は無言で剣を持ち直した。
「———!」
剣女が飛び出す。
先刻と同じ挙動。ただ線的に進むだけの機械。それを対処するのは容易いことだった。
しかし。
(……入りが違う! 縮地か!)
初動に気づくこともできなかった。
若干の遅れが生じたものの、大場は再び剣女の胴を狙う。間合いを詰めたところで相手はその細い体を守る術を持ち合わせてはいない……大場はそう読み、
バットを振るがごとく、鉄剣で薙ぎ払った。
———はずだった。
「……な」
剣は、空だけを切った。骨肉を断つ感覚が一切伝わってこない。
驚いて前を見ると、剣女は大場の斬撃が届かないぎりぎりの距離で足を止めていた。そしてそのまま刀を振り下ろす。
「に……?」
反対に、大場の胸部が裂かれた。血液の噴き出す己の身体を、大場は信じられないと見下げていた。
(まさか、間合いを読んだのか?)
否、間合いだけではない。彼女は剣の尺の違いも読んだ。大場の剣よりも自分の剣は僅かに長い。なら相手の剣が届く一歩手前で止まっても、自分は穂先だけで相手を斬れると、剣女は踏んだのだ。
大場は慌てて対処しようにも呼吸の時間すら与えられなかった。剣女は大場を囲むように次々と飛び跳ね、連続して肉体を切裂いていった。
それはどこか、演武のようだった。
大場はじわじわと体力が削られていく。肉体の密度が、削がれていく。
なんともおぞましいのは……剣女の動きが全く読めなくなったこと。小回りが利きすぎていること。そして、先ほどまでとは打って変わって、型にはまった剣術になっていること。
なんだ、この剣技は。
まるで、見たことも聞いたことも無い。現代日本においてこのような、人に感知されないほど素早く、尚且つ一撃一撃が鉛のように重い剣が存在していたというのか? まるで、嵐のような時間が淡々と過ぎ去っていた。
大場は膝から崩れ落ちる。剣を掴む握力も残されなかった。ただ茫然とする気力だけが僅かに残されたが、それも相手の情け容赦だった。
「……それは、一体、何の技、なのかな……?」
大場は考える。これほどまでに人外的な動きであっても、
剣技自体は、人間の枠組みの中でも可能であるように思えたのだ。
「誰に、教わった? 君は一体、何者なのだ?」
薄れる視界の中、大場は剣女に問いかけた。
無傷の剣士は、自問自答するように返した。
「……わからない。これは、私の記憶だろうか。この、流派だけは思い出せる。これは、確か———」
———
「……そう、習ったはずだ」
「……ほう」
京八流。それは、既に現存していない俊敏さを誇る古の流派。だがそれの逆とは?
「まだまだ、「大場」も知らないことがあるらしい」
そう言い残した男は霧のように消えていった。
「な……おい待て!」
剣女は呼びかけるも何も返ってこない。
しかし代わりに、部屋の明かりが金色に戻ったのだった。
———剣の部屋、攻略。
現在の鳰下町ミュージアム占有状況
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黒塗り……非攻略
白塗り……攻略済み
△……剣女の現在地
●……エイダの現在地
◆……近衛槙の現在地
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