反転する鳥籠-6 剣/剣 弐
降りかかる剣の束から剣女は逃げ惑い続けている。甲高い金属音は今にも彼女の肉体を捉えんと後続している。美術館の幅広いホールといえど広いと感じることはありえない。走っていれば必ず壁に辿り着き、方向転換を余儀なくされるのだ。走る行為に加えて向きを変える動作も入るとなると当然、若干のタイムロスが発生する。一方で襲い来る嵐は一切風速を緩めることは無い。
体力による消耗を心配する必要は無い。彼女の肉体はそもそも、持続的に回復するようにできている。しかし物理的な問題だけは避けようがない。
剣の嵐によって崩落した壁の破片を躱しながら思案する。この状況を打開するには……。
(大場を討つ他無い)
ホールの中央を流し見る。男は相変わらず綽々した笑みを浮かべながら剣女の逃走を見守っていた。
(先の動作から察するに、これを操っているのは大場自身のはずだ。ずっとこちら側を見ている。目視で私を追っている。ならば———)
———ほんの一瞬だけでも、自分の居場所を錯乱させる。
剣の大軍が数分飛び惑っていたおかげで部屋は壊滅的な状況下にあった。壁は崩れかけ、地面に何本かの剣が突き刺さっている。
そう、相手の気を引くモノなら、ここに何本も転がり落ちている。
姿勢を低くし、真っすぐに跳ねる。まずは目前にある剣を引き抜いた。しかし決して足の速度を緩めてはならない。一瞬でも足を止めたらその時点で滅多刺しだ。
だが、剣女が大場の油断を作る方が遥かに早い。
身体を半回転し、すぐ横を通り過ぎた剣を一本掴み取る。
そしてまずは一本———大場に向けて投擲した。
狙いは心臓。
「———おっと」
大場は僅かに表情を変え、咄嗟に横に動くことで躱した。
———そう、躱す。当然だ。
だがこれで、剣女が剣を拾って投げてくる、という思考を植え付けることができた。
続く、第二の投擲。
「っ!」
大場はのけぞる形で頭上を過ぎていく剣を見送った。
これで、大場の視線は外せた。
剣女は既に、大場の真後ろで、姿勢を限りなく落として刀を構えている———。
第二の剣の投擲と同時に剣女は飛び跳ねていた。真っすぐに飛んでいく剣の後ろを追いかけていった。そして大場が第二の刃に気づくその前に、彼の視線の外に出るように方向を変える。
二回目の投擲は意図的に大場の頭を狙っていた。当然頭部を貫けば勝負は終わるが、剣女は大場が天井を向く形で避けるだろうと確信していた。予定通りに大場の視線が真上を向くと同時に———剣女は大場の背後、並びに腰よりも下に位置していた。
目の前の出来事が素早く続く極限下の中で、生き物は自分の目線の反対側から迫る脅威に対処することはできない。
(取った!)
振り上げた剣先は、大場の首を狙い落した。
———だが。
「いい動きをするじゃないか! ますます気に入ったよ」
大場は天井を仰ぎ見ながら笑っている。
剣女の振るった一閃は———幾重にも重なり盾と化した剣によって防がれていた。
「私が彼らを操っている、という発想は半分だけ正解だよ。そして残りの半分は……彼らは独立して動く怪異でもある、ということさ」
体勢を立て直した大場はしてやったり、と言った風な表情を返したのだった。
「カレラは一つ一つが独立した生き物だ。私は行動もバラバラな怪異たちに……君を狙えと命じてやっただけなのだよ」
瞬間、盾が弾けて剣女は突き飛ばされた。刀を地面に突き刺すことで持ち直すも———再び、剣女と大場の間には距離ができていた。
「だがしかし、彼らに襲わせるだけでは君は倒れないというのもわかった。では次はこうしよう」
大場は指を弾く。途端、上空に浮かんでいた剣の軍勢が地面に落下した。大場はそのうちの一本を拾い上げ、剣女に突き向ける。その姿勢は英国の騎士を思わせるほどに真っすぐだった。
「こう見えて剣技もそれなりに嗜んでいる。君も剣士の端くれなら、この勝負。受けて立つ他無いだろう?」
剣女は静かに大場の目を観察する。依然と変わりないつり上がった目頭が癪に障る。返す言葉は無い。相手がその気ならそうしてくれる。
剣女は立て直して刀を構えた。
大場の持つ剣は西洋の鉄剣。幅広い両刃剣である。
人間相手なら造作もない。それは相手が如何なる武器を持っていようと同じ事。
剣女は飛び出し、一気に間合いを詰めた。刀を持つ片腕を振り上げ、人間を一刀の元に斬り捨てる———。
否。大場はそれよりも先に、剣女の胴を薙いでいた。
現在の鳰下町ミュージアム占有状況
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黒塗り……非攻略
白塗り……攻略済み
▲……剣女の現在地
〇……エイダの現在地
◆……近衛槙の現在地
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