反転する鳥籠-5 剣/剣

「大場……? 貴様がここの館長か」


 剣女が問いかけると大場は首を傾げた。


「そう……そうだな。私は館長だし、大場 廉之助でもある。そのように……動くようにと命じられているね」

「あ……?」


 煮え切らない返答に剣女も首を傾ぐ。目前の相手は今、わざわざ自分の名前を再確認するような素振りを見せたのだ。まるで、自身に課せられた役職を復唱するかのように。


「貴様。館長なら近衛槙を知っているな。奴に何をした?」

「そうは言われてもね。むざむざと教えるわけにはいかないよ。まあそもそも、この私にも知る由が無いことなんだが」

「嘯くなよ。貴様が奴と接触したことはわかっている。教える気がないなら斬る」


 刀の柄に手を触れると大場はオイオイと手を振った。


「ダメでしょ秘密を知っていそうな人間を倒しちゃうのは。一生聞けないような情報を持っているかもしれないだろう?」

「興味ない。さっさとここを取ることが最優先事項だ」


 これを聞いた大場は納得するように手を叩いた。


「……なるほど。流天の剣女はそういうタイプだったのか」

「何を言っているかわからん。仕方ない。斬る」


 剣女が右手を引っ張り、僅かに刀身を見せたその時———、

 足元に一本の細剣が突き刺さった。


「私もそれなりに抵抗するつもりではあるが?」


 ベンチに座ったまま悠々と言う大場を見やる。


(……こいつは本当に人間か?)


 先ほどの会話を反芻する。大場は自分のことを自分の物ではないような語りをしていた。そこに潜む、違和感。近衛槙ほどではないにしろ、脳の片隅に置いて思慮しておく必要がありそうだった。


「この部屋を取りたいんだろう? まあそう簡単にやらせはしないがね。私の相手をするくらいなら君は別の部屋を取っておくべきだった。なにせ———面倒くさいからな。私がいる部屋は」


 にや、と口角を上げるのが見えたその瞬間。部屋のあちこちからガシャリ、ガシャリとあらゆるオブジェクトが向きを変えるような音が聞こえた。


 全方位を見渡す———わけにはいかない。

 一つ視線を何処かに向ければ、即座に死角から刃が飛んでくるだろう。例えば今、剣女の一番近くにある、地面に突き刺さる銀の剣。もし上を向けばこれは確実に頭蓋を串刺しにしてくることだろう。

 故に、静寂を保つ他無い。


「ほう? 案外大人しいんだな。傷も恐れずに襲い掛かってくるものかと」


(———傷も、恐れず)


 以前の剣女であれば、肉体が千切れることがわかっていようともすぐ反撃に出ていたことだろう。彼女の肉体は、時間逆走的な自然回復力がある。傷から流れる血は瞬時に体内へ戻り、開かれた傷跡は無かったことになる。それを踏まえれば当然、身に降りかかるダメージなど気にせずに戦闘を行うことが出来るのだ。


 しかし今、傷を負う選択を取ろうとしないのは———。


「私の目的は君を生け捕りにすることだ。君は超人的な回復力を有しているんだろう? 私はね、今君の周りを囲んでいるこの刃のヴェールを、一斉に放射しても構わないと思っているんだよ」


 一人、指を組み合わせて剣女の様子を窺っている大場。それに対して剣女は、「ふ」と小さく笑い飛ばした。


「どうしたのかね。この絶望的な状況に、笑うしかなくなったのかな」


 剣女は、視線を大場に向けることなく言い放った。


「馬鹿め。その程度で捕らえられると思っているその浅はかさに、私はただただ呆れていただけだ」


 大場の笑みは消える。そのまま指を弾き、一斉に刀剣たちが剣女目掛けて飛び込んでいった。




 暫し、時間が止まる。これは現実の話ではなく、剣女の意識下で起こっている現象である。一度、極限的に集中しなければならない事態に陥った際、人間は時折、体内の時間が現実よりもゆっくりと流れていると感じる時がある。その現象は何かを極めた人間であればあるほど、起こりやすい。


 剣女は怪異ではあるが、人間ではない。しかしその前に———古きより続く、剣豪である。




 大場は大口を開けて立ち上がった。


 ———理解できない。何が起こった?

 人の身で、それが可能なのか?


 目を疑うのも無理はない。空想的だと感じるのも無理はない。

 大場の目に映っていたのは、剣女に一切触れることなく落ちていく刀剣の数々だったからだ。

 どう見ても、彼女に動きは無かった。つい数秒前とは異なる点といえば……彼女がいつのまにか、刀を抜いていたということだけである。


「……何を、したのかな」


 剣女は「はあー」と息をついた後、帽子の鍔から暗い目を覗かせて答えた。


「剣を抜き、向かうもの悉くを斬り落とした」


 それを聞いたとき、大場は大きく笑った。顔に手を当て、腹にも手を当て、踊るように笑った。


「それが! それが君の力か! 一体どんな外法を使ったのかね!?」

「使ってすらいない。直線的に飛ぶだけの矢など、最初から落とせと言っているようなものだろう」


 大場は顎を擦った。剣女の絶技を目にしながらも、彼はほくそ笑んでいる。


「そうか……だが少し息が切れているな。それなら、走らせてみようじゃないか」


 高く手を上げる。剣女の周りに落ちていた剣は再び浮き上がり、大場の頭上に集まった。


「さあ……いつまで保つかな」


 大場が手を降ろすと同時に刃が嵐の如く吹き荒れた。円形状に覆い囲む攻撃から、数で線形的に押しつぶす斬撃へと変わっていく。


「ちっ———!」


 剣女は走り出す。すぐ背後を掠め取るような距離にまで刃は迫ってくる。

 剣対剣。

 一対群。

 一方的な虐殺が、始まる。





現在の鳰下町ミュージアム占有状況


□■■◆■

□■■■■

□■■■■

□▲□□□

■■〇■■


黒塗り……非攻略

白塗り……攻略済み


▲……剣女の現在地

〇……エイダの現在地

◆……近衛槙の現在地

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る