反転する鳥籠-4 獅子/土竜

 剣女は唸り声を上げながら一頭の獅子を投げ飛ばした。地面に叩きつけられた獣は石膏に戻り砕け散る。床一面に鋭利な破片が転がり、剣女は避けながらも前に進んでいく。


「次で最後の一体……か」


 ここは獅子の部屋。勇猛な百獣の王を模した像が飾られていたはずだったが今ではその全てが命を宿し、剣女に牙を向けてきていた。

 本来の獣であるならいざ知らず、彼らの肉体は鉱物でできている。刀一本では切り崩せない鋼の耐久力を誇っていたが、剣女は意図的に獅子同士を衝突させることでこれを破壊していた。仮に自壊を免れて襲い掛かった獣がいたとしても意味はない。その肉体にヒビがあれば、そこに一閃を叩きこむだけでいい。

 この部屋に光が戻るのに、さほど時間はかからなかった。


(……エイダは早いな。もう中央列の部屋を突破したか)


 脳内には引き続き占領したフロアの情報が入ってくる。こと怪異との戦闘において、エイダは剣女以上に相性が良い。体内に数多くの怪異を住まわせていることで臨機応変に戦闘に対応できる、といった具合だ。


 エイダの中の怪異はみな、そもそも戦うための力を有していない。占い、悪戯、呪い……一つ一つの怪異が持ちうる力も大したものではなかった。それでもエイダは剣女以上に対怪異に特化していたのは、彼らの特性を組み合わせることができるからだ。

 一体の怪異の持つ力を、他の怪異に補助させることで増幅させる———結果として物理的な攻撃を一切与えることなく、エイダは敵対している怪異を攻略することが出来る。


 戦わずして、勝つ。

 それがエイダの怪異使いとしての特性だった。


 ……ただ一つ。あの悪魔を除いては。

 

 戦わずして勝てるならどれほどよいか。

 そう剣女は羨みつつ、次の部屋への扉を開いた。


 部屋を移動したその瞬間、地面が揺れて剣女は体勢を大きく崩した。刀を強く突き立てることで転倒を回避することはできたが、目前の大理石の床が次々と盛り上がり穴ができていく。


「土竜か」


 穴から顔を出したのは全て五十センチほどの土中の獣。赤く光る眼が彼女を捉えたかと思うと再び大地に姿を隠していった。

 足の下で何かが這っている。黒い土をかき分けて、兵隊が静かに動き回っている。

 剣女は……


「肋の蜘蛛」


 穴の一つに剣先を差し込み、光の糸を放射した。

 しばらくすると再び大地が揺れ、そして静まる。

 数刻———剣女が剣を引き上げると同時に、魚のように土竜たちが釣り上げられた。

 それらの悉くを———切り裂いた。

 一体一体を一切の例外なく。刹那と読む間も与えることなく、両断しつくした。

 そして部屋に明かりがつく。


「後は一部屋。それでケリがつくか」


 脳内の地図に意識を集中させる。するとエイダの声が割って入ってきた。


『ごめーん! ちょっと最後の部屋さ、一回ワタシ入ったんだけどちょっと難しいかも!』

「……なに?」


 エイダが声を切らしているのが聞き取れる。地図を見ると確かに、エイダは最後の部屋……「剣」の部屋に赴かず、中央列の「手」の部屋に留まっている。


『あそこ、怪異だけじゃなくて大人の人もいるんだよねー。人間相手ならアナタの方が強いでしょー?』

「……人間がいるのか」


 近衛槙は例の部屋から未だに出てきていない。剣の部屋には知らない何者かがいる。


(……奴が言っていた館長、とやらか?)


 僅かに思案し、剣女はエイダに向き直した。


「鏡魔はどうした?」

『まだ寝てるから戦えないかなー』

「わかった。その部屋は私が行こう。もしものこともある。お前は、私のいる列の最後の部屋に行け。それなら一直線に明かりのついた部屋が揃うはずだ」

『……それなら先にその列の部屋取った方が早くない?』

「……」

 それは、そうだ。


「……一度決めたことを曲げるのは気に食わん。それに怪異より人間の方が早く終わる」

『えーっ、めんどくさいなあ』

「煩い。私は行くからな」


 連絡を切る。剣女はそのまま扉を開き、剣の部屋へ入っていった。


「……何?」


 その部屋は、世界各国から集められた様々な剣がガラスケース越しに飾られている。中には伝承に縁のある聖剣といったものもある。見て見ぬフリをできない剣女だったが、一つの疑問が頭上に生じていた。


 ———既に、明かりがついている。


 しかし彼らが攻略した部屋のように煌びやかな金色の光ではない。

 とても、白い。


 訝し気に前へと進んでいると、一つの生き物の気配が感じ取れた。紛れもない、人間のものだ。


「……お前は?」


 彼は、ベンチに足を組んで座っていた。その手には西洋の鉄剣が一本。親のように刀身を撫で、ゆっくりと剣女の方を見た。


「やあ、待っていたよ。流天の剣女」


 柔らかな言葉遣い。しかし剣女は殺気を隠さず、刃のような視線を向け続けた。


「貴様、何者だ」


 男は立ち上がる。怪異が蔓延しているこの館には似つかわしくない、スーツを来た白髪混じりの男性だった。


「大場 廉之助。ここの館長だよ」





現在の鳰下町ミュージアム占有状況


□■■◆■

□■■■■

□■■■■

□▲〇□□

■■■■■


黒塗り……非攻略

白塗り……攻略済み


▲……剣女の現在地

〇……エイダの現在地

◆……近衛槙の現在地

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