反転する鳥籠-3 瀬古/大場

———同じ頃。お話屋事務所にて。


 ……天ちゃんがいない。靴も無いし朝からどこかに出かけているのだろうか。


 冷蔵庫から適当にパンを取り出して口に放る。顎を痛めつつも冷えて固まった固形物を咀嚼していたところ、一本の電話が入ってきた。


「……朝からなんだ」


 とはいいつつも、昼の近い時間だ。別に電話の一つや二つ入ってきても何の不思議はないが……。


「はいはーい。お話屋ですよーっと」


 ぶっきらぼうに受話器を取りデスクに座る。


『やあ、瀬古君』



返ってきたのは見知った人物の声だった。


「……大場さん?」


 ふと嫌な予感が背筋をなぞる。視線はソファの方———天ちゃんがいつも座っている所に向いていた。


「何か、御用で?」

『君に報告したいことがあってねえ』


 やけに落ち着き払った言い方だった。大場からの連絡と言えば真っ先に笑い声が飛んでくるのが定石というものだったが。どこか悟ったような、諦めたかのような語り口に違和感を覚える。


『前に言っていた、うちで貯蔵しているものを出すという話、上手い事行きそうなんだよ』

「はあ、それはそれは」

『本当によかったよ。これも全て……君のおかげだ』

「……何?」


 わざとらしい、含みのある言い方。彼は何を言っている?


「失礼。自分はこれといった覚えが無いのですが」

『なーにを言うかね瀬古君! 君とあろう者が!』


 ふははと笑う声。何かおかしいと察した時にはもう、右手がすぐ傍のペンを掴んでいた。


「——————」


 ペンが、落ちた。

 まさか。


『ありがとう瀬古君。君のおかげで私は……自分の夢を叶えられそうだよ』

「説明しろ大場! あなたは一体何をしようとしている!?」

『そう声を荒げるなよー。椅子の倒れる音がこっちにまで聞こえてきたぞ? それにね、これは祝福すべき事態なのだよ。私の長年の実験がついに実を結ぶのだから』

「実験……? 何のことだ」(探れ)


 大場との連絡が切れる前に状況を把握したい。片手で手帳を巡り、透視能力を持つ怪異のページを開く。


(這え。彼らに何が起こっているのか探れ)


『それはトップシークレットさ。我が生涯をかけた実験の概要をネタ晴らしするわけにはいかないだろう?』

「どこにいるのです? 美術館ですか?」

『それはそうさ。私がここから出ることが出来ないのは君も知っているだろ? それに、そうだな。やっぱり一つヒントを与えよう』


 放った怪異から情報が入ってくる。近衛槙、天ちゃん、エイダは、やはり件のミュージアムにいる。そして何らかの怪異と応戦している。


『私も君と、同じ穴の狢だったということさ』

「……彼らをどうするつもりだ。あなたの実験というのは、あの子たちを犠牲にすることで完遂されるものなのか?」

『ああ———君が過去やってきたことと同じだよ』

「……僕の真似、ということか?」


 電話の奥から溜息交じりの薄い笑いが聞こえてくる。


『君は優秀だったからね。できる人間の技術は見て学ぶ。それもまた人間の技だろうさ』

「そうか。それは、随分と落ちぶれたものです。大場さん」


 肩に受話器を乗せて上着を羽織る。向こうの情報もそれなりに入ってきた。


 予想通り、大場は何らかの怪異を発動させている。恐らく建物自体に宿っている存在……形式としては佐々木迷宮と同じだろう。中にいる人間を取り込むため装置……だが奇妙なのは、それぞれのフロアで怪異が異なる動きをしていることだ。つまり統一性が無い。まるで複数の怪異を同時に操っているかのような。


 僕を真似たという証言から、大場もまた怪異を集めていたのだということは予想できる。僕の怪異を売れと迫っていたのも、物珍しさからでは無かったわけだ。


 ただ、大場程度にこれほどの規模を操れるとは到底思えない。

 何か裏がある。大場にこれほどの怪異を使わせるに至らせた、鍵がある。


『落ちぶれた……違うさ瀬古君。私は君よりも優秀だったことは無い。君の方が圧倒的に才に恵まれていたよ。君はそのまま、かつての願いを叶えるべきだったんだ』

「いつの話ですか。毎度のことですが」

『あの頃が一番、私も自分と向き合える機会に恵まれていたというのに。私はそれを自ら無下にした。だからその後悔を……今晴らす』


「……ちっ、切れたか」


 受話器を置くとそのままの勢いで事務所を出た。電話を切ったことで放った怪異が手帳に戻ってくる。

 大体の情報は掴んだ。僕の助手三人を奴に取られるわけにはいかない。


「……いや待て」


 大場は彼らを使うことで目的を果たすと言った。では、わざわざ僕を呼んだ理由は何だ? 僕が儀式の邪魔をするのは当然だ。それを踏まえて呼んだということは……。


 頭に入ってきた向こうの状況を顧みる。

 すでに天ちゃんたちは四部屋ほど攻略しているらしい。ルールに乗っ取れば順調に美術館から脱することはできるだろう。


 奇妙なのは中央部屋。何らかの隠蔽がされているのか、詳細がはっきりと読み取れない。

 そこは大場の自室だ。何かが秘されている。他の部屋は彼らに任せるとして……


 僕はその中央部屋に、真っすぐに向かうべきだろう。







現在の鳰下町ミュージアム占有状況


□■■◆■

△■■■■

■■■■■

■■■〇□

■■■■■


黒塗り……非攻略

白塗り……攻略済み


△……剣女の現在地

〇……エイダの現在地

◆……近衛槙の現在地

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