反転する鳥籠-1 鷹/居合

 僅かの間、気を失っていたらしい。どこかにぶつけたのか、頭がじんじんと痛んでいる。

何が起こった? あの一瞬で、何がわたしたちを襲った?


呻きながらも肘を立て、ゆっくりと起き上がる。額を抑えながら目を開けて見るも、視界は暗いままだった。

 ……さっきまでいた部屋じゃない。


 暗闇に目が慣れていき周囲の状況が仄かに見えるようになっていった。

 ここはわたしとエイダがいたカフェではない。恐らくこの美術館のホールの一つ。よく目を凝らして見るとあちこちに鳥の模造品が飾られているらしいことがわかった。

 天井にも翼の像が吊り下げられているのも確認できる。


「……エイダ!」


 わたしの声はよく響いた。しかしそれだけ。返ってくるものは何もない。

 だから、静けさが戻った後に思索した。


 カフェのあったホールから飛ばされた。なぜ?

 エイダと離された。なぜ?

 この部屋の明かりが消えている。なぜ?


 ……近衛くんみたいに、少しは考える力があればよかったのだけど。どうにもわたしには難しかったみたい。困った。

 なんとなく歩いてみる。スニーカーの音が小さく耳に入る。

 とりあえず移動してみたら、何かわか———


【後ろ!】


「———!」


 脳内に声が響いた。それが無ければきっと、突然の襲撃を躱しきれなかった。

 横転して振り返る。なにか、羽ばたくような音が聞こえる———!

 目を強く開き、強引に少ない光を取り込んだ。そうすることで、薄い輪郭の獣たちを視認した。


「怪異!」


 敵の正体を認めた瞬間、わたしの声を合図にカレラは一斉に低空飛行を始めた。その正体は、鳥。この暗さでは何の種類かまでは判断できない。大小の違いだけがなんとなく見えるくらいだった。


 鳥たちは連なってわたしの元に迫っていく。

 最初に飛び込んできた一羽の突撃を、地面を飛び跳ねることで回避する。その一羽は地面にぶつかりガシャンと無機質な破裂音を発したが、後続の鳥たちは軌道を変えてわたしを追ってくる。


 かなり、ぎりぎりの状況。

 こんな暗さの中で逃げ回るなんて、いつ以来———!

 

と、余計な事を考えていたせいですぐ背後に追っていた一羽の存在に気づけなかった。


「くぁっ!?」


 腿が、突き刺された。そのまま転がり、壁にぶつかる。


「くっ———いっ、た、い———!」


 脚に槍を刺したまま鳥は銅の翼をばたばたと動かし続けている。さらに奥からは他の鳥たちが次々と迫ってきている。


「こ、の———!」


 翼に打たれながらも強引に銅の鳥を引きはがし、すぐ目前に迫っていた軍勢に全力で投げつけた。先頭の鳥に当たると地面に墜落する。鳥たちは統率を失ってあちこちへと飛び惑い始めたのだった。


「はあ———はあ———」


 息を落ち着かせる。段々と足の痛みが引いていく。流れていた血が徐々に孔へと戻って行き、傷口が塞がった。

 鳥たちがもう集まり直しているのを見ると背中に掛けていた麻袋に手を触れた。


「———変わるよ」


 瞬間。

 わたしはねむりについた。


—————————————————————————————————————


 転換。剣/女、覚醒。


 少女の手にした袋は剥がれ、一本の刀が現出する。

 上空を迂回していた怪異が一体、先ほどと同じように素早く効果する。その目標は当然その少女である。

 一秒も持たずに鉄の槍が彼女の頭部を捉えようとした、その瞬間。

 少女もまた、一秒もかからぬ間に詠唱を終えていた。


雄風ゆうふう波打ち、木の葉落つ」


 怪異は刹那に打たれ、何も討つことなく音を立てて落ちた。


「———流るるは、『一線衝断いっせんしょうだん、鷹の如く』」


 ……しかし。

 ただの居合で砕ける程度の肉体をソレは有していない。地面に降りた後もすぐに体勢を持ち直し、上から突き上げる形で彼女の背後を狙った。


 当然。

 斬ったはずの怪異が再び攻撃を行おうとは———把握していないはずがなかった。


「『二戟砕にげきさいこう、鷹の爪』」


 振り返った彼女は上から刃を突き刺した。像の芯を捉えた追撃。まずは一体。怪異を破壊した。


『一線衝断、鷹の如く』それは刹那の居合によって横切ったモノを両断する外法。暗殺に向いた技だが、一つの弱点がある。それは一撃による完全破壊が見込めないこと。素早さに重きを置くこの技は、しかし威力のある剣技ではない。

 それをカバーするのが、続く第二の一撃。


『二戟砕鉤、鷹の爪』最初の一撃で怯んだ敵を、上から捕らえる刃で瞬時に破壊する。それはまさしく獲物を掴む鷹の如し。

 最初の一撃はあくまで峰打ち。二撃目こそがトドメの一閃である。


「次はどれだ、天」


 彼女は己の肉体に語り掛ける。今この身体を支配しているのは天ではなく、剣の方———。


 その女剣士は、「流天るてん剣女けんにょ」と呼ばれる人型の怪異だった。


 「お話屋」の用心棒にして、怪異。呪いを以てして怪異を討つ剣士。それが彼女だった。


「……面倒だな。同士討ちさせる」


 上空にはまだ数十羽の鳥が飛び回っていた。ソレラに向かって剣女は剣先を向ける。


「流るるは、あばらの蜘蛛」


 放たれるは肋骨にも似た蜘蛛の巣。幾重にも伸びていく光の糸が、全ての鳥類を捕らえて完全に支配する。


「共食い」


 ぷつりと剣先から噴き出ていた糸を切ることで、集団で行動していたはずの鳥たちが互いを蝕み始めた。むやみに飛び回り、ぶつかり、壊れ、落ちる。


「エイダの言葉を真似るなら……ちぇっくめいと、というやつか?」


 怪異の崩壊など見届けるまでも無い。剣女は振り返り、刀を鞘に納めた。羽根の音は間も無く聞こえなくなった。


「……うるさい。私とて、気の迷いでおかしなことを口走ったりはする。あなたのせいでもあるんだぞ、天」


 意識の深奥で相棒の戦いを見ていた天が冗談めかして笑う。剣女は帽子を深く被り直した。

 するとホールの照明がついた。煌びやかな金色の光が辺り一面に広がる。


「これは、どういう仕組みだ。天」


 体内の主に話しかけたその時、脳内に別の声が響いた。


『———もしもし、もしもーし! 聞こえる? 天のお姉さん、あとお兄ちゃん!』


 同時に脳裏に幼い少女の顔が映し出された。


「……佐々木瑠璃?」

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