鳰下町ミュージアム-9 甘/空
鳰下町ミュージアムについた俺たちは、南側入り口から館内へ入っていった。調べたところによると、この美術館は北東南西の四カ所に出入り口があるらしい。
「ごゆっくり」
たった一人の受付にチケットを渡して中へと入っていく。まず目に入ったのは金色。煌びやかに飾られた「足」のモニュメントたちが真っ先に俺たちを出迎えた。
「ワーオ! 金色がいっぱいー!」
エイダが一人でホールを駆け回っていく。そそくさと追いかける天にエイダを任せて、俺は手渡されたパンフレットを開いた。
「……これは酷い」
事前に調べていたことではあるが建物の構造がおかしい。一階しかないこの館には二十五部屋のホールが敷き詰められている。客から見れば不便なことこの上ないが、幾度の改装を経てもこの作りを変えない辺りから館長の変なこだわりを感じ取ってしまう。
特に中央に館長室を置いている辺りが。
見渡す限り俺たち以外に客がいる様子はない。エイダは縦横無尽にホールを走り回っていたが、人がいないならいいかと放っておくことにした。
『記録 鳰下町ミュージアムのホール数、二十五。
東側の五列が上から、火、水、木、金、土。
左隣の列が、宝珠、請花、笠、塔身、基礎。
中央列が、頭、首、胸、手、足。
左隣が銃、槍、鎧、剣、石。
西側が鳥、虫、獅子、土竜、蛇。
それぞれの部屋に名前がつけられている。この並びの意味はまだわからないが、各部屋には名前に合った展示が為されているようだ』
「ねーねーカフェどこにあるのー?」
「早い早い」
「ねーお腹すいたー。カフェどこー」
エイダがきゃっきゃっと跳び上がっている。
「少しは見て回りなよ……なに、朝ごはん食べてないの?」
「食べたよ! フレンチトーストにサラダにヨーグルトに……」
指を折るエイダに呆れていたところ、天が戻ってきて早々
「わたしは冷凍おにぎり食べたけど、食べ足りなかった」
などと抜かしおった。
「育ち盛りかよ」
今いる場所が足の部屋。そしてカフェの場所は基礎の部屋……すぐ隣だ。そう伝えると二人は一目散に走り去り、俺は慌てて追いかけるのだった。
基礎の部屋は落ち着きのある古風な雰囲気。木製のテーブルが並び、陽の光が窓から差し込んでいる。カウンターに一人立つ初老のスタッフは皿を洗いながら挨拶をした。ガランとはしているが店内に流れるクラシック曲が安らぎを演出してくれている。
近くの席を陣取ったエイダが真っ先にメニューを手に取り、これ! と指さした。天がくいと袖を引く。
「近衛くん、これ」
「はいはい……注文いいですか? この限定パフェ三つお願いします」
男性は笑顔で頷くとその場でパフェを彩っていくのだった。
息をついて席に座ると疲れがどっと押し寄せてきた気がした。
「近衛くん? 疲れてる?」
「まさか朝早くに起こされるとは思わなかったからね」
わざと嫌味たらしく言ってみると天が逃げるように視線をエイダに向けた。
「む。なーにその顔! 朝は起きるのがふつうでしょ!」
「うん。その通り。ぐうの音も出ないな」
朝の七時前には当たり前に起きられる子ども、素直に尊敬。
「ねーねー。パフェまだかな」
「今頼んだばかりでしょ」
そのせっかちさも、尊敬。
「まーてーなーいー」
「……もー! 我がまま言わないの!」
その元気っぷりにも、辛うじて尊敬。
横で天がぼそりと「親……?」と呟いたが、聞かなかったことにしたのだった。
パフェは美味しかった。カラメルソースとチョコチップの組み合わせがまろやかな甘さを生み出しており、是非記事にしたためたいと思わせるデザートだった。
写真も撮った。これは映える。とりあえず部長に送っておいた。
エイダは一番にパフェを食べ終え、続けざまにケーキを注文していた。天もそれに続く。俺がパフェを食べ終えるころにはまた追加で注文しようとしていた。
「お金は……?」
するとエイダがポーチから、真っ黒なカードを取り出してどや顔を披露した。流石お嬢様。
腹が膨れた俺は先に自分の分の会計を済ませ(もちろん自費で)、館内を見て回ることにしたのだった。(天は……エイダにおごってもらうらしい)
基礎の部屋から北側に真っすぐ、塔身、笠、請花、宝珠のホールへと歩いていった。なんでもこの列は五重塔を参考にしているらしく、各階層ではかの遺産にまつわる資料や、さらに基となったサンスクリット……宇宙にまつわる美術品が展示されている。基礎とは五大で言うところの「地」を意味しているらしいが、なぜ食事処になっていたのかはわからない。もしかしすると深い意味も無いのかもしれない。
ちなみに右隣りの列を連なる部屋は五行を元にしているらしい。
今いるのは宝珠……「空」「虚空」、「アーカーシャ」を意味する部屋だ。この列はインド由来のものが多い。宇宙といえばインド神話。あらゆる神話体系の中でも一際規模の大きい世界観を持っている。「無い」という概念に明確に名を与えた歴史もあるため、この部屋にはゼロの概念に近づこうと試行錯誤された計算記録が書かれた資料も展示されている。
(……すうがく、わからん)
文系の自分にはあまりにも程遠い世界だった。
それでもなんとか読み解くだけはしてみようと凝視していると、
「君、これが理解できるのかい」
横から男性が語り掛けてきたのだった。
「——————」
その横顔を見るとすぐに名前を思い浮かべることが出来た。
———大場、廉之助。
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