鳰下町ミュージアム-7 誘/誘
「治安わっる……」
今日は新聞部の取材で街の外れにある通りの、個人経営のカツ丼専門店に訪れていた。野良猫部長……もとい音琴千咲の命令だ。取材は一時間ほどで済み、最後にはボリュームのあるトンカツに白だしの効いた溶き卵のかかった丼物を頂いた。そしてたった今帰宅しようとしていたところだったのだが。
「てめどこ組だオラァ!」「ひまわり組だオラァ!」
「どこ中だオラァ!」「天誅だオラァ!」
退店早々、遥か昔からタイムスリップしてきたような不良軍団の抗争を目の当たりにしてしまった。十数人ほどの小中学生くらいの少年たちがモデルガンを持ち出して互いに撃ち合っている。元々この辺りの治安が悪いというのは知っていたが、まさかここまでとは。
完全に巻き込まれた。右も左も真っ黒な学生服集団で埋まっている。逃げ道など見つかりようもない。
「……マジでお前連れてきてよかったな」
後ろから暖簾をくぐって出てきた用心棒に呼びかける。ヤツは首の骨をピキピキと鳴らし、目前の戦場を吟味していた。
「はっ。ワッパどもが、一丁前に幅利かせてんじゃねえよ」
昼飯代を餌に釣ったワル大将、
それ以降のことは語るまでもない。
銀は不良たちに殴りかかる……ことなく攻撃をいなし、鬼のような顔面だけで彼らを退散させたのだった。
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「わざわざあんなとこに店構えなくてもなあ」
「見た感じ、喧嘩帰りのガキどもの溜まり場になってるっぽいしな。そいつら狙いで商売しようって魂胆なんだろーよ」
「かなりガッツある店長だな……」
あちこちで不良たちの叫び声が小さく響いてくる商店街を並んで歩く。少年たちの熱気とは裏腹に風は冷たい。寒さに震えながら歩いていると銀が立ち止まった。
「あの店長……かなりやべえぞ」
銀は震える足を踏ん張るように抑えていた。こいつがこんな反応するなんて中々無い。
「……どう「やべえ」の」
「わかんねえのか、近衛」
唇をぎりりと噛みしめ、苦みを押し殺すような表情で銀は口を開く。
「おっさん、タイマンじゃ俺より強い」
「……」
「あれ、無反応?」
「そりゃあ……見るからにゴリゴリのマッチョだったし」
隠れた名店の主。その正体は、肌をこれでもかというほどに焦がし、モリモリと膨らんだ上腕二頭筋と光り輝く坊主頭がトレードマークの元世界王者ボディビルダーなのだ。
いくら町を牛耳るつもりでいる銀であっても、これほどインパクトのある店主適うはずがない。部長が無駄に一推ししていたのも納得だ。
そんなに筋肉フェチならついて来ればよかったのに。
「あの店長にどうやったら勝てるか……こいつはいよいよ、俺も頭の回し時か? 近衛はどう思う」
「勝手にやってろって思う」
見えない相手とレスリングをしている銀を置き、通りを歩いていく。
おい待てよー、と近づく足音を無視しながら手帳を読んでいると、また近くから少年たちの騒ぎ声が聞こえてきた。
「本当にどうなってるんだこの街は……」
「おい待て近衛! よーく聞いてみろ、ガキどもの声を……」
銀がわざとらしく手を耳にかざす。なぜか俺の耳にも手を当ててきた。やめろやと突っ込みつつも、隣の通りから響いてくる不良たちの掛け声をキャッチする。
「なんだこの女ぁ! ここがどこかわかって来てんのかよぉ! 一人で来るとこじゃねえよ! おそうぞ!」
「顔見えねえよ帽子取れ帽子!」
「なんだその背中の長いの! 剣か!? かっけえなオイ! ぼくにちょうだい!」
一人の女の子。帽子。背中に長いの。
この情報だけで何となく、一体誰なのかを察してしまった。
「近衛、女性だ。女性が襲われているみたいだぞ」
「あー聞こえてる。てか急に真面目な口調になるのやめろ」
「さっすがに見逃せねえ!」
意気揚々と走り出した銀に呆れて溜息を漏らす。
……あの不良たち、絶対ただじゃ済まないぞ。
見物しに行くと惨状が拡がっていた。
地面に転がる中学生男子諸君。まだ何人かは立ち上がって飛び掛かってはいるが、彼女の一振りで瞬時に叩き伏せられる。
ぐえぇ、だとか、うあぁ、だとか、ままぁ、だとか、呻いては次々に蹴り飛ばされていく。
残念なことこの上無い。相手が悪すぎる。君たちが相手してるのはまさに剣豪。ステゴロでどうにかなる相手じゃない。
最後の中学生が倒されたところで、銀は彼女の目の前に立った。
「最後は俺が相手だぜ、嬢ちゃん」
……なんで?
助けに行ったのになんでやり合おうとしてんだアイツ。
「……ってバカ銀やめろ! お前死ぬ気か!?」
制止の声も馬で鹿な男の耳に届くことはなく、男は一人、果敢に目の前の少女に立ち向かっていった。
そして袋に納まったままの鞘で頭を叩かれて沈黙した。
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「んで、天は何でここに?」
銀を引きずるように移動しながら天と会話していた。
「カツ丼食べに来た」
「カツ丼」
カツ丼食べたかったらしい。
聞くところによると先ほど取材したお店で俺たちより先に食べに行っていたんだとか。
「自分で場所調べたの? 結構変なところにあったはずだけど」
「……近衛君の手帳に書いてあった」
「まーた勝手に見たの」
事務所に居つきすぎて時折机に手帳を置いてしまうのだが、天はその度に手帳の中身を見ている。書いてあるのは大抵が部での取材内容だから、一応見られてマズいものは無いはずなのだが。
「プライバシーの侵害って、いつも言ってるでしょー」
「……だって、知らないことたくさん書いてあるし」
「それなら昔書いた新聞持ってこようか?」
すると天は遠慮がちに聞き返してきた。
「それって、学校にあるの?」
「そうだよ」
「そっか……」
何か思うところがあるらしく天は帽子の影を顔に落とした。
すると意識を失っていた銀が突然覚醒して跳び上がった。
「近衛!……えー、ごほん。そちらのご婦人は、どのような人物で如何なるご関係でございまするでしょうか」
「なんだおまえ」
間違ったかしこまり方をしている銀に天のことを軽く説明する。親戚であること(設定)とお前より遥かに強いということを念を押して伝えておいた。
「手は出すなよ。やり返されるから」
「何だよ、そんなことなら嬢ちゃんに頼めばよかったろうが。どーせ俺は嬢ちゃんより弱いですよーだ」
「なにむくれてんだ……お前に頼んだのは適正の問題だよ」
天を用心棒にしたら確実に相手は死ぬ。しかし反対に銀は無駄な怪我無く争い事を治めてくれる。顔もそこそこ広いしで、こいつにはかなり頼りにさせてもらっている。
しかしそれでは俺が一方的に銀をこき使ってることになりかねないので、その見返りとして銀の数少ない対等な友人関係を結んでいるというわけだ。中学からの顔見知りだがおかしな関係を持ってしまったものだ。
「しかしそれはそれとしてお嬢さん。近衛の親戚なら当然俺の友人だ! これを機に是非俺とも仲よく……」
銀が言い切る前に天は俺の背中に退避した。見るとかなり警戒色を示している。ぎっと目の前の不良に睨みを利かせて叫んだ。
「天が怖がってるでしょーが!」
「……お前、嬢ちゃんの親なのか?」
いざこざのある関係が構築されつつも俺たちは商店街の出口に差し掛かった———その時である。
「そこのお三方。くじ引き券は持っていないかな」
道の端に三十半ば程と見られる、スーツを着た男性が立っていた。白い敷布が被さった机の上にガラガラが置かれている。
「せっかくなら引いていかないかい? 一等賞は旅行券だ」
確かにお店で会計したときついでにチケットのようなものを渡されていた。
「おっちゃん、旅行券ってどこに行けんの?」
「どこでもさ。海の向こうでも有効だ」
「ふーん」
銀がつまらなそうに返す一方、天はガラガラに近づき目を輝かせている。
「新井式回転抽選器……!」
「なんて?」
後に知ったことだが、ガラガラの正式名称がそれらしい。天の知識の出所に偏りがありすぎる気がした。
「回すかい」
「回す……!」
目を輝かせて振り返ってくる天。仕方なく銀からくじ引き券をふんだくり、自分の分も合わせて天に預けた。
「よし……回します……」
天は恐る恐る、ゆっくりと抽選機を回していった。からからと音を立て、小さい出口から同じ色の玉が三つも出てきたのだった。
「三等賞~、景品はチケットだ」
「チケットってどこのだよ、おっちゃん」
「ホント口悪いなお前……」
しかし男性は銀の口調にピキリともせず、むしろにやりと口角を釣り上げた。三枚のチケットを取り出し、返答する。
「ようこそ、鳰下町ミュージアムへ」
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