鳰下町ミュージアム-5 商/談

 やあ諸君。おはよう。セコいツカさんこと、瀬古 逸嘉だ。

 今日は僕の一日をみんなに紹介していこうと思う。

 本日は懇意にしている取引先からまた商談を持ち掛けられたので、朝早くからお出かけの準備だ。


「天ちゃん、またうち開けるからお留守番たのむねー」


 ウトウトと目を擦りながら頷く彼女に挨拶を交わし、事務所を出る。


 電車で大体一時間ほどでその町に到着する。


———「鳰下町におしたまち

 鳥類の意匠をこらした陶芸品でそこそこ有名の小さな町だ。少し歩くと古風な店が並んでいるのが見えてくる。しかし人足で栄えているというわけでもなく、通りを歩いてる町民の姿は疎らだ。

 道をそそくさと進んでいくうちに今回の商談相手が待っている大きな建築物が見えてくる。


 そこは美術館。ルネサンス様式の時代錯誤な建物である。

 門には筆文字で、「鳰下町ミュージアム」と書かれた看板が飾られている。平日は午後から始まる当館だが、既に許可を得ているため早々に中へと入っていく。


 いつもの受付人と軽く会釈。そして相手の待つ館長室へと向かっていった。

 この施設は厄介な作りをしており、一階建て、五×五の合計二十五部屋で構成されている。明らかに設計ミスであり歩きにくいことこの上無いのだが、建立百周年を越えた現代においても改築の兆しが見えないところから、館長はこの作りを随分と気に入っていると見える。


 そんな館長の待っている部屋は階の中央に位置している。毎度のことだが、本当に難儀な所に置いたものだ。

 中央部屋のドアを叩くと即座に開かれ、その男が眼に入ってきた。


「やあ! 待っていたよ瀬古くん」


 若きリーダーらしく髪の毛をスマートにまとめたスーツ姿の男性が、ガハハと笑い声を上げながら出迎えた。


「どうも、大場さん」


 彼は大場おおば 廉之助れんのすけ。三十五にして代々運営されているこの美術館を引き継いだ、この辺りでは幅を利かせている大富豪である。


「中に入りたまえ。いやー、立場がどんどん上がってくると対等に話せる友人も少なくなってしまって本当に参ったよ」


 誘われるがままに部屋に入る。

 相変わらず華美な館長室だ。館内全体としてこの田舎町には似つかわしくない西洋風の装飾と美術品で彩られていたが、ここも尚更だ。一般客の立ち入りができないこの部屋が特に高級感に満ち溢れている。見渡す限りの有名画家の肖像画、彫刻。この如何にもな空気に触れているだけで胸やけを起こしてしまう。


「座りたまえ。つい先日良い茶葉が手に入ってね。ぜひ瀬古くんと味わってみたかったのだ」

「これはどうも。光栄なことで」


 君と私の仲だろう———と、大場先輩は急須を高く掲げ、器用にカップに紅茶を注いでいく。透き通る赤色は跳ねることなく丁寧に水位を上げていく。

 彼は言うまでも無くこれはイギリスのどこそこの紅茶なのだと講釈を垂れ、一人喉を通していたのだった。


「最近はどうかね。君の稼業の方は」

「おかげさまで。商材に困らないビジネスですから」

「ふむ、それは確かに。「話」というものは絶えず生まれる生命のような存在だ。全く良いモノに目を付けたものだよ」


 何度似た話をしたのだろうと飽き飽きしていると昔を懐かしむように話を変えてきた。


「紙芝居……昔君は、これを仕事にしたいと言っていたが」

「随分と、昔の話ですね」

「僅か十年ほど前だろう? まだ学生だったころは、共に若々しい夢を抱いていたものだ」

「……ええ、全くその通りで」


 一向に本題に入ろうとしない商談相手にそろそろ耐え切れなくなる頃だった。


「館長。それで今回の相談というのは?」


 彼は微笑みながらカップを置いた。僕は続けて念を刺しておく。


「———毎度のことですが、僕の所有する怪異の伝承を譲るという話でしたらお断りさせていただきます」


 にや、と口角を上げて館長は机を指で軽く弾いた。まるで鍵盤を叩くように。


「在庫処理に困ってはいないのかな?」

「ご存知でしょう。僕の書庫はこの手帳だ。伝承とはかさばるものでは無いのです」

「ふむ、それは恐ろしい。その手帳は閉まっておいてくれたまえよ。無力な私からすれば、いつ発破するかわからない爆弾と変わりない」


 取り出した黒革の手帳を見て館長は両手を上げた。手元の「異物」を着物の中にしまい向き直す。


「第一、館長には無用なものですよ。この建物は既に芸術品で溢れている。きっとあぶれた物もあるでしょう。そこに僕の持ち物を加えたところで何になるというのです? 形のない「お話」をどう展示してみせるのです?」

「君はこの館について、勘違いをしている」


 彼は立ち上がり、壁に掛けられた絵画の前に立った。


「ここにあるモノは全て、私のコレクションだ。足を運ぶ客にはそれを見せているに過ぎない。所詮はただの物置部屋だよ。どんな形であれ、そこに何を集めるかは私の自由なのだよ」

「収集する、というのは確かに美術館の基本理念ではありますが。しかしそれでも、僕はお渡しするつもりはありません。どれほどの大金が積まれてもね」


 すると館長はガハハと大口を叩いた。そして振り向き、満面の笑顔で返した。


「そう言うと思っていたよ! そこで今日は、別の商談を持ちかけようと思っていたのだ」


 ふむ、珍しい。ただまあつまらない案件だろうと思いながらも聞き耳を立てておく。館長は一語一句をはっきりと聞かすように口を開いた。


「私のコレクションを買い取ってくれたまえ」

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