鳰下町ミュージアム-3 占い/ピザ

「うああああああん!」


 狭い空間に響くのは子供の泣き声。その中で天は再び汚れてしまった床をモップで拭いている。


「だから言ったのに……」

と呟きながら。


 一方で俺は何も言えずに立ち尽くしていた。目の前の惨状が、受け入れられない。

 なんで。どうして。

 あんなに綺麗にしたはずの部室が以前の倍に汚れてしまっているのか。


—————————————————————————————————————


「エイダちゃんは良い家の子でねー、普段はお付きの人が全部やってくれてんの。実は外で黒服の人二人がスタンバっててさ。掃除の仕方で揉めちゃった」


 呼び戻された瀬古さんが床を拭きながら話す。


「エイダちゃんったら、自分でやるってなってもこの有様なんだよね。困ったお嬢ちゃんだよ」


 エイダの方を見ると「ワタシはもう何もしません」と書かれたスケッチブックを持ってソファの上に座り込んでいた。


「ぐずっ」


 涙ぐんでいる。


 「お付きの人」がいるというならさっきの行動も合点がいく。窓から顔を出していたのは付き人を探していたからか……。そして仕事を押し付けようとしたわけだ。


「いつもこんな感じでさー。親の甘やかしが過ぎるというか、元気が有り余ってるっていうか」


 なるほど。子育てとはなんともメンドクサイものだ。エイダに聞かれないよう瀬古さんの耳元に顔を寄せる。


「こんなこと言うのもあれですけど」


 どうしてうちで預かってるんですか? と小声で聞いた。そして瀬古さんは


「うん。必要な人材だからさ」

と答えた。


……きっぱり言ったな。


「どうして?」


 すると瀬古さんは「お、ちょうどいい」とエイダの方に目をやった。釣られて視線を動かす。

 彼女は整理された机の上にぬいぐるみを三つ並べている。クマ、ウサギ、ライオン。それらを円状に向い合せで置いている。


「またやっちゃった……ベー、ウー、リー……」


 ぬいぐるみの名前だろうか。エイダは一番近くのウサギのぬいぐるみ……多分、ウーの頭を撫でている。そしてどこからともなく方位磁石を取り出し、円の中心に置いた。


「Charm and ferocious, conceit and bravery. Tell me, tell me, beasts.」


西洋式の詠唱を口から吐きながら。


「は……!?」


 目の前で起こり始める異常現象に目を細める。突然、方位磁石の針が回り始めた……? 同時にぬいぐるみたちの周りに小さく風が吹き始める。小さくカタカタと揺れ、机の上には彼らを結ぶように青白い線が走り始めた。 そして内側に向かうように何重にも線が描かれていく。その様子を見ている間俺は、部屋がいつの間にか暗くなっていることに気が付けなかった。


「Tell me, tell me」


 繰り返される言葉を聞いてハッとする。


「瀬古さん大丈夫なんですか!? エイダちゃん、声が」


 明らかに変わっていた。まるで何かに取り憑かれたように。まるで、剣を抜いた時の天のように。


「すぐ終わるよ」


 瀬古さんが何食わぬ顔で呟く。そして「教えて」と唱え続けていたエイダは目を開いた。


「アンサアァッッ!!!」


 両手を空に掲げ、まさしく人の変わったエイダが叫んだ。ぐるぐると螺旋した線が浮かぶ碧眼をきゅろきゅろと回し、ピエロのように机に上がった。ぬいぐるみたちは無残にも踏み潰されていく。


「本日の運勢をお教えしまSHOW!」


 唇を震わせてドラムロールのモノマネ。口をパッと弾いたかと思えばしばらく沈黙する。そしてゆるりゆるりと開かれた口から薄気味悪い笑い声が漏れた。


「Ms. Adah. 今日のあなたはUnluckyですねえ? 全部ぜーんぶ空回り! 渡る世間はバカばかり……でもでも安心。今日のLucky itemは出ています! それもPizza! イギリス生まれのあなたにはぴったり! え? ピザはItaly? スターゲイジーでいたり? 気にしない気にしない! 今日はハデに十枚頼んじゃいましょー! そこの大男におねだりしちゃいましょー!」

「ゲッ」


 部屋中を飛び回るピエロの妖精。突如指名された瀬古さんは「そんな」と呟き崩れ落ちる。


「幸先イイネーいい気味ねー。夢見るアリスは今日もシンデレラに焦がれるのでし」

「はいそこまで!」


 天が覆いかぶさるように掴まえる。「Oh!」と言ってもぞもぞするその動きが芋虫に見えて気持ち悪かった。


「今日はもう帰って。『お天気ものの綿喰いキューマ』」

「きゅっ!? 和の国おパクリピッツァ、キューマも食べたかった……」


 そう言い残しエイダはぐたりと気を失った。

 かのように見えたが、


「今日はピザなの!? ツカ!」

と、元の無垢な少女の顔に戻っていたのだった。


 三体のぬいぐるみは全て、中身が抜かされていた。


—————————————————————————————————————


 部屋はチーズの甘ったるさとウインナーのジューシーさが混ざりあったた匂いに包まれている。机の上にはピザ三枚。エイダは「十枚って言ったじゃん!」と駄々をこねていたものの、今ではとても満足そうにピザを口に運んでいる。天も目を輝かせながら噛みしめていた。人生で初めてピザというものを食べたのだろうか、天はずっと

「罪……これは罪……」

とか呟いている。


「こうして見ると普通の家族みたいだ……」

「んえ、家族だって?」


 ふと口から言葉を瞬時に瀬古さんがキャッチした。口元が油でテッカテカになっている。


「はは、アットホームな職場だろう?」

「いえそう意味ではなく」


 む、と真顔になる瀬古さん。


「みんな普通にピザ食べてますけど全員訳アリっていうのが変だよなって」

「君も大概だぞ~」


 小馬鹿にしてきた瀬古さんにもむっ、としたが横の天が「うんうん」と頷いている。


「君には特出した取材の才能がある。僕はそれに目をかけてスカウトしたわけだが、君の能力は想像以上のものだった。「人ならざる者」とも対等な関係を築けるほどの対話力……常人なら真っ先に逃げ出すような脅威に対しても、君は理解を示そうとした。お話屋のエースに相応しい仕事ぶりだよ」


 果たして大げさに称えられるほどの才能だろうか。他の二人に比べれば自分なんて全然大したことは無い。

 天には狂暴な怪異と戦える力がある。そしてエイダには———


「そういえば槙君にも話しておかないとね。エイダちゃんのことについて」

「ん! りうんえしゃれれるよ!(自分で喋れるよ!)」

「食べながら喋らないの……」


 色々と溢しかけるエイダの口を天が拭いている横で瀬古さんは語りだした。


「エイダの中には、怪異が何体も住み着いている」

「……何体も」


 先ほどエイダの身体を乗っ取った「綿喰いキューマ」なるものを思い出す。


「さっきのやつは占いをするってだけの怪異だ。中々面白いやつだったろう? エイダちゃんは自分が落ち込んでるときには大抵こいつを呼び出す。んで元気を貰うんだ」

「占いだけ……害とか無いんですね」

「無いよ。ま、半分くらいしか当たらないんだけどね」


 ……占い専門なのに?


「エイダちゃんの中にいる怪異はみんな危険性が薄い。時折許可なく表に出てくるやつもいるが基本的には無害だ。この子にとっては家族同然かもね。あまり喧嘩もしないし」

「どうしてそんなことに?」

「気づいたらこうなってたの!」


 ピザを呑み込んだエイダが立ち上がる。


「なんか昔、身体が弱くて? そしたら、色んな子が入ってきてワタシを守ってくれたんだって!」

「そーゆーこと」


 天の持つ「刀」は体外に存在するのに対して、エイダの怪異は体内に生息している……霊的か、概念的な存在なのだろうか。


「この子の噂を聞いて現地までいったのさ。そしたらなつかれてしまってねえ。今は近くの別荘に住んでるんだったね。そこからここに通い詰められるようになったってわけさ」

「えー、ツカが来てくれ!って土下座したから来たんだよー」

「……瀬古さん?」


 さっき「破門したい」とか言っていた気がするが。


「……最初はぜひうちに来てほしいって思ってたんだよ! たくさんの怪異と仲良しの子どもとか見逃せないじゃないか」

「人攫いみたいな言い方やめて……」


 天の鋭利な突っ込みが入って瀬古さんが椅子から落ちかけた。


「ともかくね……エイダちゃんもうちの立派なメンバーだから、仲良くしてやってよ。槙君」


 また面倒ごとが増えてしまった。ただでさえ瀬古さんの無茶ぶりだけでも忙しかったのに。しかしお話屋として活動する以上、彼女とも良い関係を築く必要がある。


「改めてよろしくね、エイダちゃん」


 まずは友好的関係を作り上げよう。早速握手をしようと手を差し出す。するとエイダは立ち上がり、

「電話!」

と言って部屋の隅に行ってしまった。


「もしもし! どーしたの?」

「……」


 見るとエイダは手のひらを耳に当てて一人で喋っている。ごっこ遊びにしか見えない。すると耳元で瀬古さんが小さく語り掛けてきた。


「あれね、中にいる怪異と話してるんだ」

「……え、ああやって話すんですか」

「うん、不思議だよねえ。どうにも頭の中にマンションみたいなものがあってそこに怪異が住んでいるらしいよ」


 多重人格の人もそのようなイメージで複数の人格を宿していると聞いたことがある。身体の主たるエイダはまさに大家さん……想像はできる。しかし想像以上。


「うん! じゃあ身体貸してあげるね! ばいばい!」


 手を降ろしたエイダ。そこに瀬古さんが


「誰からだった?」


と聞いた。するとエイダは悪戯でも仕掛けるように、


「あの子から♪」


と、小さな人差し指を口に当てて喋った。瀬古さんは納得したように膝を打ち、


「槙君、ピザ食べた後はどうする?」


と企みのあるような顔で聞いてきたのだった。


「時間も時間ですから帰ろうかなと」

「そう! おっけー」


 何の質問だったのか、瀬古さんは再びピザを食べ始めた。変に思いながらも俺も食事を再開した。

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