鳰下町ミュージアム-2 掃除/掃除

「って、掃除もロクに出来てないじゃない! そうだろうと思ってたけど」


 汚れ塗れの紙を蹴散らして金髪少女は前進する。エイダ・ミラと名乗った彼女に俺は突発的に道を空けた。するとこちらに顔を向けて歩みを止めた。


「あなた……」


 しばらく吟味されたかと思うと、ああ!と声を出して話しかけてきた。


「マキ・コノエ!」

「……はい?」


 トコトコと近づき面白がるように俺の名前を連呼する。


「あなた、マキ・コノエね? ツカから話は聞いてるわ。優秀な助手だって!」

「ツカ?」


 エイダは、ん!と瀬古さんを指差した……ってツカって瀬古さんか。いつだかツカさんって呼んでくれとか言っていたな。

 少女は一歩下がりスカートの裾を持ち上げ礼をした。


「初めまして、サー・マキ。わたくしはエイダ・ミラ。ここお話屋の所長兼看板娘兼清掃長兼……あと……なんだっけ……とにかく! イロンナことをやってる代表でございます」

「はあ、これはどうも」


 釣られて頭を下げてみるとエイダは満足げに笑った。すると近くで立っていた瀬古さんが疲れたように歩いてくる。


「はいはい名誉ある所長サマ。この度は掃除をしてなくてどうもすいませんね」


 へこへことオジギする瀬古さんに対してムッとした表情。人差し指を目上に上げて

「それでツカ、ざいせーじょーきょーはどうなの? また無駄使いしてるの?」

などと怒り口調で問い詰めたのだった。


「今度は秘書ごっこですかい。ま、ぼちぼちってところですよ」

「ん……そうなの? それなら……よしとしましょう!」


 適当すぎない?


「あ、そういえば天のお姉ちゃんは?」


 小鳥のように首をくるくるさせて部屋中を探索し始めた。天はソファの裏に隠れてるはずと思って見てみるも確認できなかった。


「あーっ! お姉ちゃん見っけ!」


 少女の目線の方を見ると忍び足で部屋を出て行こうとする天の姿があった。


「おねーちゃーん!」

「ぐえっ」


 何とも言えない呻き声を発して捕まった天。エイダに抱きしめられてそのまま転倒。少女にきゃっきゃと懐かれて嫌そうな顔をしている。


「うー……」

「ただいまお姉ちゃん! ワタシね、ずっとお姉ちゃんに会いたかったんだよ! んー!」


 天の衣服に顔を埋めるエイダ。せっかくのドレスが埃まみれの床と擦れてみるみるうちに汚れていく。


「えーと、やめた方が……」

「いいよいいよ。好きにさせてあげな」


 溜息をついたお疲れな瀬古さんは箒を持って床を掃いている。そしてエイダに聞こえないように小声で話す。


「紹介してなかったね。あの子はエイダって言うんだけど、僕の弟子みたいなものだ。所長とは言ってるがただのモノマネだよ。はしゃぐのが本当に好きな上にうるさいから破門にして帰したいんだが、彼女の家が中々大きいから迂闊に物も言えないっていう……まあ、色々と役に立ってくれたりもするんだがね」

「つまり本当の所長でも何でもなくごく普通のお嬢様、ということですか?」

「いや、普通ってわけでもない」


 取っ組み合いを続ける天とエイダを眺めて瀬古さんは静かに呟いた。


「僕と同じ穴の貉だよ。不幸なことにね」



 可憐で華美なお嬢様にこき使われるのはどういう気分か。正直嬉しいとは答えられない。命令通りに働かなければ機嫌を損ねるし、同時にお守りもしないといけない。エイダ掃除長のもとで組まれた緊急清掃チームは開始十数分で音を上げ始めた。


「もう十分綺麗だよエイダちゃーん。そろそろ終わりにしない?」

「ばかおっしゃい!」


 雑巾がけをさせられているのは冴えない事務所長(本当の)。腰を叩きながら提案してみたものの尻を蹴られるという形で棄却された。


「そのだらけきった様子を見ればわかる……一回も自分で掃除してないでしょ!」

「ゲッ」

「俺も瀬古さんが掃除してるとこ見たことないな……」

「ゲゲッ」

「いつもわたしと近衛くんでやってる……」

「ゲゲゲッ」


 「ゲ」の字が増える度に瀬古さんが小さくなっていく気がする。追撃しとこう。


「掃除しても次の日には元に戻ってるもんなー」

「ゲゲゲのっ」


 鬼〇郎?


「ツカ? 表、出る?」

「ゲゲゲのにょっ」


 朝ドラの方だったか……。


 こうして一番偉いはずの大人は一人、お外で掃き掃除をする羽目になったのでした。



 瀬古さんがいなくなった途端にエイダは大人しくなった。少しだけ。俺たちが比較的てきぱきと働けているからか変な指示は飛んでこない。飛んでこないのだが……。


「ふふふー、エイダがいなくて寂しかったでしょー」

「そんなことない」

「嘘ついちゃヤダよお姉ちゃん」

「ホントに寂しくなかったから」


 エイダが天にべったり引っ付いていた。モップを押して進む天の後ろを眩しい雛が追いかけている。嫌々あしらう天の態度にも気づかず少女は話しかけ続ける。


「ワタシね、帰ってる間ずーっとみんなのこと心配してたんだよ? 困ってないかなーとか。ちゃんとご飯食べてるかなーとか。あ! 天ちゃんまたアイスばかり食べてたりしないよね」

「関係ないでしょー……」

「だーめーでーすー! こんな寒い時期に! 風邪引いちゃうよ?」

「すぐ治るからいいって。それにちゃんとしたやつも食べてるし……」


 ちゃんとしたやつ……? 思い返してみよう。


“「別に悪くない。ちゃんと考えて買ってる」

 よく目を凝らして見ると、半透明なレジ袋の中には冷凍食品のカラフルな包装も含まれていた。パスタとか野菜類だ。

「アイスも色々あるから」”

(海の玉並べ2話より)


 冷凍食品。ちゃんとはしていなかった。

 しかしエイダに絡まれて困っている天に助け船を出そうと話しかけてみる。


「エイダちゃん、結構しっかりしてるんだね」


 なんともなしに褒めてあげると少女はエヘン!と自慢げなポーズをとった。


「そうでしょそうでしょ? ワタシに任せればお話屋の仕事も全部解決するんだから」

「それはすごい。じゃあ俺も色々と頼らせてもら」

「近衛くん」


 お世辞を言い終わる前に天がドタドタと俺を捕まえた。


「あんまりあの子を付けあがらせないで」

「……なんで?」

「すぐ調子乗るから」

「年相応じゃないか?」

「それはそうなんだけど」


 言い淀む天を見るに、彼女は子どもが苦手なのかもしれない。好き嫌いではなく扱いという意味で。


「ま、俺に任せといて」


 エイダの元に向かい視線を合わせる。


「エイダちゃん、掃除得意なんだ」

「ふふーん。そうだよー?」


 すぐ調子に乗った……。


「俺あまり得意じゃないからさ、お手本見せてくれないかな。ほら、この机とか」


 応接用のテーブルを目線で示す。上にはどれだけ放置されていたかわからない書類の数々。埃のついた赤い封筒は見なかったことにしたかったが絶対に悪影響があるので瞬時に取り除いた。


「……」


 机を眺めていたエイダは突如窓の方に走っていった。今度は窓を勢いよくこじ開け、何かを探すように左右を見渡した。


「どうしたの?」

「いや!……そう、机。机ね。うん」


 ぎこちない返事。どこか焦るような表情。変に硬く伸びた両手と足。右手と右足が同時に全身し、左手と左足が同時に引っ込む。緊張しているんだなと微笑ましく見守っている横で天が呆れた顔をしていた。


「そう、できる。できるわよ。ワタシ。これくらい簡単よ」

「うん、簡単だね」

「ゔ」


 この大量の書類を片すだけなんだから何も難しいことはないだろう。


「簡単……簡単! よし!」


 両手の拳をぎゅっと閉めてエイダは近くにあった雑巾を手に取ったのだった。

 ……雑巾?

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