鳰下町ミュージアム
鳰下町ミュージアム-1 加入/帰還
お話屋活動記録(著
2022年11月。お話屋を営む
佐々木迷宮事件。
お話屋のアルバイトとして向かった廃屋で発生。幽霊の女の子、佐々木
2022年12月。瀬古さんと天と共に冬の海水浴へ(?)
海の玉並べ事案(本当にあったのかは不明)。
村に伝わる海神伝説を巡った騒動。宿への宿泊中に天が一時的に死亡したことで起こった事案。「海神」にわざと連れ去られることで住処と思われる場所へ突入し、生き返った天と再会。
天の使う剣にも人格があり、戦闘時にはそちらに切り替わることが判明。
協力して海神を倒して現実に戻るも、どうやら夢で見たことらしく本当に経験したことなのかは今でも不明。
海神伝説は村から消えてしまっていた。
2023年2月。近衛 槙、お話屋に正式加入。
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事務所は相変わらず手入れがされておらず伸びっぱなしの植物が窓から侵入している。床には書類がバラまかれ仕事場としての体をなしていない。むしろ廃墟である。その中で集まっている三人はまるで社会からのつま弾き者だ。
「———はい、契約書」
見かけだけは立派な書類を渡されてサインを書く。お話屋に出会って三か月も経過していたがようやく正式にメンバーとして加入する形になった。
「いつかこの日が来ると思っていたよ。改めてようこそ、近衛 槙君! 我らがお話屋へ!」
両手を広げて盛大に祝う瀬古さん。その後ろで天が小さく拍手をしていた。
「はは……本当に入ることになるなんて、昔の自分が聞いたら引きますよ」
返事と書類を同時に返す。この胡散臭い事務所で働くなんてどうかしてるって今でも思っている。将来のことを考えたら絶対にやめた方がいいのだが、決めてしまった以上はやりきるしかない。
お話屋。文字通り、ありとあらゆる「話」を商材として扱うお店。
その種類は多岐に渡り、著名人の浮気話から聞こえの良い陰謀……そして。
社会の裏に潜む存在……「怪異」を扱う。
無限に湧き出る「物語」を消費物として扱いつつも、その事実性を何よりも重要視する。とても変わった商売である。
「てなわけで、前の事件のお給料です」
「はい、受け取りました……ってええ!?」
ごく自然に渡された封筒を二度見して口を開ける。給料……給料?
「この仕事、給料出るんですか……?」
「何を言ってるんだ君」
給料なんて出ないものだと考えていたため目の前の封筒の存在に面食らってしまった。
「お仕事なんだからそりゃ出るよー。これは迷宮のときの分ね」
「ああ……! やっと貰えた……」
佐々木迷宮事件のアルバイト代。もう忘れられたものだと思っていた。封を開けると数枚の諭吉様がしっかりと入っていた。それにしても書類を出した瞬間に渡すとは。
「絶対入るまで渡す気無かったでしょ……」
問い詰めてみると瀬古さんはあやや、という風に慌てて返す。
「そんなことないよぉ。ちゃんと渡す用意ができたってだけなんだからあ。ま、正社員になってくれたおかげで手続きがスムーズに済んだんだけど」
「やっぱり入れる気満々だったんじゃないですか!」
あははーと蝶のように踊りながら瀬古さんは逃げていった。去り際に
「今日はパーティやるから勘弁ね!」
と言っていたが実際はどうやら。
瀬古さんは奥の自室に逃げ込み、オフィスルーム(推定)には俺と天の二人だけが残った。騒がしい家主が消えてやっと静かな時間が帰ってくる。
来客用の破けたソファに座って息をつくと天が静かに歩み寄ってきた。
「……ようこそ、近衛くん」
恥ずかしがるように首を動かして天は挨拶をした。
「うん、よろしく。天」
普段と変わらない口調で返す。帽子の影に隠れて見えにくかった天の顔が、今日は不思議とはっきり見えていた。
「帽子、ちょっと上げてる?」
こくりと頷くと天は帽子の鍔をつまんだ。
「うん……友達だから。顔が見えないのは、ダメだなって」
「そっか」
しかしまだ恥ずかしさは抜けないようで、天はすぐに視線を横にずらしてしまった。
———天は、俺の友達だ。
長い黒髪と目元を覆うようなハンディキャップに薄手のシャツ、上に赤いパーカー。チェック柄のスカートがデフォルメの女の子。年齢は俺と大体同じ……多分。
静かで人見知りだけど好奇心旺盛な側面もある子だ。
最初に俺たちが出合ったのは佐々木迷宮事件のころ。先走って家に入っていった彼女を追って突入した俺はかえって助けられてしまったのだ。彼女が今もなお背負っている一本の刀によって。
「そいつ、元気? しばらく見てないけど」
天の背中にかけられている麻袋を見ながら聞いてみると天はうん、と頷いた。
その刀は天の家族ともいえる存在だった。大切な道具としてという比喩じゃなく直接的な意味で。
こいつには人格がある。
怪異と対面したときにだけそいつは現れる。天を守るように。天の身体を借りて。
冷たい男のような口ぶりで話しながら「外法」という技で何度も俺たちの窮地を救ってきた。天のことでぶつかることもあったがそれでも俺の友人だ。
だが名前を知らない。天に何度聞いても「自分から話してくれる」の一点張りで教えてくれない。前の「海の玉並べ」事件(仮称)以来出てこないし……。
まあ時間が解決してくれると信じて気長に待っていよう。
件の「海の玉並べ」事件以降、俺と天の距離はそれなりに縮まった。考え方の違いで拒絶されたときはどうなるかと思ったが、「海神」との戦いを通じて本音で話せるほどの仲になれた。
それから学校も冬休みに入り頻繁にここに出入りするようになって、天とは軽い雑談を交わせるほどになっていた。
「本当にうちに入ってくるなんて、ちょっとびっくりした」
「……やっぱり?」
「うん。近衛くん、瀬古さんのこと嫌ってそうだったから」
「あー……」
否定、しにくい。
理不尽な事件に突然巻き込んでくる瀬古さんに思うところがないわけではない。説明無しで仕事をふっかけてたり給与未払いだったり……。しかし慣れというのは恐ろしいもので、あの人はそういうどうしようもない人間なのだと受け入れてしまった。もちろんこれらを不問にするつもりは毛頭無い。
「瀬古さんは、面白い人だとは、思うよ?」
そう言い繕ってみるも天は怪しむように目を細めた。そして横に座り、きっぱりと言い放つ。
「嘘」
このように天は鋭いところを突いてくる。いくら上手に騙そうとしたところで彼女には通用しない。
「あんな人、好きになるような所どこにも無い。わたしの方が長く付き合ってるからわかる」
ふん、と鼻であしらうようにそっぽを向いた。半年以上の付き合いがあるはずだが、瀬古さんに対する天の評価は辛辣だ。
「一緒に住んでるんだから、ちょっとくらい良い所を言ってあげても……」
「無いものは無い」
ドンマイ、瀬古さん。同情はしない。
「近衛くんはなんでお話屋に入ったの? まだわたし聞けてない」
「……えーとね」
十秒ほど頭の中で意見をまとめ、口から出力する。
「その、怪異に興味が出てきた的な。もっと色んなのを見てみたいなーなんて」
常備している記録用の手帳を出しながら言い訳がましく言ってみる。しかし天の疑問は晴れそうになかった。
んー、と唸りながら顔を覗いてくる天。はあ……と困ったように首を振って
「そんなところだと思った」
と一応は納得してくれたのだった。そしてきっ、とした表情に変わる。
「でもその癖は抑えた方がいい。何でもかんでも突っ込んでたら、きっと良くないことに巻き込まれる」
「今更だけどね……」
「今まで以上のってこと」
天が叱るなんて珍しい。彼女からすれば俺も困った問題児ってことなのかもしれないが。
「近衛くんは強くないんだから気を付けてね」
「……はい。気を付けます」
俺の記者魂が白熱しないことを心から願おう……。
しかし。
俺がお話屋に入ったのは「怪異をさらに知りたい」だけではない。それだけなら「お話屋」なんていう胡散臭い事務所には入らないし、取材だけなら怪談専門の噺家とコネを作る方が早い。
だがそれでもこの「お話屋」に身を置いたのは———。
天を知るためだ。
「———近衛くーん! 天ちゃーん! ちょっと、部屋の飾りつけ手伝ってよ」
奥からどたどたとパーティグッズを纏った変人が現れた。瀬古さんである。
「……また部屋汚くするつもりですか?」
呆れて文句を言ってみても瀬古さんは荷物を運び続ける。
「違う違う! これから豪華な感じに改装しないとまた不機嫌になっちゃうから!」
「不機嫌? 誰が?」
さっきの口ぶりから俺の歓迎パーティでも開くつもりかと思っていたが、どうにも違和感があった。
「あ」
天が何かを思い出したかのような声を発した。瀬古さんはそうだよ!と続けて床中の紙を片付ける。
「今日はあのご婦人が帰ってくる日だ!」
途端天が立ち上がり、そそくさと部屋を出て行こうとした。瞬間移動した瀬古さんに止められてしまったが。
「御婦人? 誰かお客さんでもいらっしゃるんですか?」
冷や汗をダラダラ流している瀬古さんが口早で返答した。
「お客さんなんてもんじゃない! このお話屋を牛耳っているつもりでいるあの子が……名誉事務所長が、予定より早く帰ってくるんだよ!」
以上。全てを言い終わる前に事務所の入り口が盛大に開かれる音がした。ズカズカと足音が鳴り、そしてオフィスのドアが叩かれる。
「瀬古さん。頑張って対応してください」
そう言った天はソファの裏側に飛び込み縮こまる。瀬古さんは何もかもを諦めたように天井を見上げていた。
そしてドアの向こうの何物かは、応答を待つ暇もなく勢いよくドアをこじ開ける。続けて甲高い声でこう宣言した。
「みんなの所長、エイダ・ミラ! 遠征を終えてついに帰ってきたわよ!」
一瞬誰も見えなくてまた幽霊的な存在かと思ったが、違う。
目線を下げるとそこには、背丈の小さい女の子が立っていた。
メルヘンチックなロリータ服。金髪のボブに碧い目———どう見ても英国生まれのお嬢様が、この小汚い仕事部屋にずんずんと入ってきたのだった。
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