海の玉並べ-蒐

 時刻、零時。海沿いの町。冬。

 挑む相手は深海に潜む守り神。神階にて咎人を待ち受ける邪神。

 その目は少し離れた森林であっても罪あるモノを捉える事ができる。

 僕は今一人で暗い獣道を歩き続けている。シャクシャクと雪と枝を踏みつぶす音が心地よく、足も軽い。

 僕は「お話屋」、そして「蒐集屋」。

 偉大なる神よ。その神秘、今日を持ってこの蒐集屋が貰い受けよう。


 開けた場所に出る。元から木の生えていない特殊なエリアだ。頭上にはちょうど月が太陽のように眩く見えていて、まるでこの身を歓迎しているかのようだった。

 なるほど、やはりこの地はよく手入れされている。まるで何人もの庭師が毎日仕事をしているような美しさだ。神はそうやって自身への信仰を獲得していたのだろう。この町に静かに住み着いていた狂信者たちの手によって。

 そのささやかな饗宴の日々も今日で終わりだが。


「では、始めるとしよう」


 声高らかに、僕は僕の祭りの開始をコールする。ずっと懐に忍ばせていた異物を、この芸術的なミステリーサークルの中心に投げ入れる。それは地面に落ちるとぐちゃりと啼いた。途端、この森の冷気に腐った魚の匂いが混じり始めた。

 まずは神の琴線に触れる。この第一ステップはなんなくクリアできた。

 当然だろう。たった今投げ捨てたものは、さっきまで脈を打っていた肉の器官なのだからね。

 本来ならば彼女をトリガーとして呼び出す予定だったが、まさか彼のみを連れ去っていくとは盲点だった。

 しかしその件は直に解決するだろう。僕が手助けをする必要は無い。

 ふむ、それにしても。よっぽど僕は少年に信用されていないらしい。


“また俺と天を使って、その話を調べようとしてたんじゃないんですか?”


という少年の疑いを聞いて、あのとき僕はたじろいでしまった。


 全く、どうして君は、僕の内心を言い当ててしまうんだい? 


 推測の精度がやはり高いのか。それとも、ただ僕が怪しすぎる行動をしてしまうからなのか。

 いずれにせよ彼には、いつか真実という名の怪異を見せてあげる必要があるようだ。


 ほら、余計な事を考えているうちに出てきたぞ。


「おお———」


 感嘆の声を漏らす。目の前には、それはそれは大きな影が、それはそれは高く建っていたのだ。そしてやはり脈動している。伝承であっても現象であっても、やはり一つの生命体でしかないのだという事実に少しばかり落胆する。


「だが、それはいい。うん———いや、やはり素晴らしい」


 僕を踏みつぶさんとする限りの巨人。その黒さ故に正体を秘匿することに成功しているという点は好印象だった。やはり怪異……おぞましいものは、どこまでも未知で在らなければ。


「はは———偉大なる神におかれましては、この自分めに興味を割いていただけたようで」


 心からの誠意を口に。心臓部分に手を当てて頭を下げてみる。


—————————————。


無言。


やはり人の文化に興味は無いか。ますます口角がつり上がっていく。


「ではさっそく、御歓談を」


 着物の内から使い古された手帳を取り出すと同時に、黒い影は動いた。

 ぐにゃりと曲がった触手腕が、気づけばすぐ目の前に。当然、潰される。


「ははは、よき腕前で」


 その過ぎ去ったはず事実を、偽造した。

 まずは手品を一つ披露してみたわけだが、やはり神は無反応。淡々と敵を叩き壊す機械のようだ。しかし機械と不動たる神の違いは一つある。それは、怒ることが出来るかどうかだ。


「僕はもっと、あなたのその力を見てみたい」


 もう一つ。下町で刈り獲ってきた歪な肉を取り出してみる。それをすぐ足元に落とし、踏み潰して見せた。何度も何度も足を降ろして、屈辱を与えるかの如く地面に押し付けた。


 —————————————!


 ああ、空気が変わる。少しだけ、吐息のような風が吹いた。

 せっかくの履物に赤い染みが着いてしまった。これを拭きとるのは腰が折れるが、そうだな。別段気にするほどではあるまいよ。どうせ全て、夢物語で終わるのだからね。

 真っ赤な殺意と真っ青な戦意が形となって襲い掛かる。黒い穿ち棒が無数に僕を刺していった。

 そのたびに事実を偽造し、歪曲し、否定し、隠蔽する。


「いいですね。好みです。その怒りこそがあなた様の本領、ということなのでしょう。それが逆につまらない部分でもあるが……」


 愉快だ。怪異との対峙はいつも心が躍る。未知への冒険へと僕を誘ってくれる。だからこそ、不可解なものにはそれ相応の誠意というモノをお見せしたいのだ。


「そろそろ僕の、次の手品を見たくはありませんか?」


 お話を聞かないオウサマはそんな僕の提案を無視して、見え透いた軌道の剛腕を振り下ろしてくるのでした。それをなんなく無かったことにし、次の一手を用意する。

 手帳に挟まれた付箋を引っ張り、我が妃の物語が記録されたページを開く。


「———起きや。おいでやおいで。紙芝居の時間だよ」


 そう高らかに謳いあげた僕の後ろに、いつのまにか三メートルほどの女性が立っていたのだった。びしょ濡れな赤いワンピースを来た素敵な婦人だ。前髪が長すぎて顔が見えないのが難点だが。


『お題目 皿屋敷の数え唄』


 宣言すると彼女……「お菊」は、手に持った皿を数え始めた。


———一枚、二枚、


 それを当然神は妨害する。なんのこっちゃって感じだろう。突然女性が食器を数えている様子を見させられて、一体何になるというのか。しかしまあ、そこはいいじゃないか。神よ。怪談話はまだ始まったばかりだ。


「あるお屋敷にこんな話がありました」


 力いっぱいに突撃させた黒い槍は、お菊の細い片手で受け止められた。僕を狙ったものだったが、「お菊」はいつも僕に向けられた攻撃を防いでくれる。


 ———三枚、四枚、


 それでも唄うのはやめない。なんて頼もしい奥さんなのだろう。


「あるお屋敷に、お皿を数える女の霊がいたのです」


 ———五枚、六枚、七枚、


 七枚と呟くと同時に掴んでいた神の腕を握りつぶす。力負けした神はよろめいた。

 信じられないことだろう。一下等生物にすぎない人間、ましてやその亡霊に力が及ばないというのは。これが「お菊」の凄まじいところであり、不気味なところである。


「彼女はお皿を十枚数えようとしますが」


 ———八枚。


 元より彼女にはそのような怪腕が備えられているという逸話は無い。これは恐らく、僕が蒐集した後に入手した力なのだろう。変に洋風なワンピースも、節々に感じる熱い視線も、本来なら持っていないはずのものなのだが。

 あろうことか、僕に御執心になったせいで手にしてしまった近代の娯楽であるらしい。


 ———九枚。


 さあ、カウントダウンはここまでだ。


「最後の十枚目を見つけることが出来ませんでした」


 ———あと、一枚———


「その一枚は、どこにあるのでしょうか?」


 赤ん坊に読み聞かせるように言ってみるが、神は潰された腕をずっと見ていて微塵も話を聞いていないようだった。

 なら、話を聞かない子にはお仕置きをしなくては。


 ———あと、一枚は———


「ああ、お菊よ。よく聞いておくれ」


 そう言って、ソレの胸元を指さす。


「最後の一枚は、あの中にあるのです———」


 ———あなうれしや——————————。


 背後に立っていた婦人は跳び上がり、神の胸元を抉り取った。



「これにてお終い。めでたしめでたし」


 海神の蒐集、これにて完結。

 きっとこの町には残らないだろう。本物の神の存在だけでなく、その昔話自体が、元よりなかったことにされるだろう。

 それでいい。

 こんな面白くふざけた話は、忘れるに限る。

 替わりに自分が、大切に保管しましょう。



 さて。次回は、「鳰下町におしたまちミュージアム」

 新しい仲間も加わって、摩訶不思議な冒険は熾烈を極めていく予定だ。

 観劇者のみなさまにおかれましては、しばしの御歓談をお楽しみください———。






※ここまでお読みいただきありがとうございます。応援なども入れてもらえたらと思います。

次回の「鳰下町ミュージアム」は夏頃に開始となります。

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