新開/あなたの呼び声-Last 剣誓/壱殺
再び神からの逃走劇が始まる。神はのそのそと動きながらも腕を鞭のように振り回す。それを何度も躱し、この島を一周するように走っていく。
視界の奥で剣野郎が取り憑いている天が跳び上がり、姿を消したのが見えた。
ヤツから提示されたのは五分。それまでの間逃げ続けて、なおかつあの地点まで神様を連れていく。
「うわっ!?」
すぐ後ろで破裂音が轟き、砕けた岩の破片が背中に当たった。少しでも足を緩めたらその時点で終わる。そして五分で間に合うように計算しつつ走り続けなければならない。
それでもさっきの逃走よりは遥かにマシだ。終わりの見えない鬼ごっこと違って、今回は明確なゴールが用意されている。それだけで十分に走り続けるモチベーションになる。
(でもやっぱ、キツイ……!)
体力全快なわけがない。少し休んで回復できたのは十分の一くらいだ。アイツの言う通り、限界なんてとっくに迎えてる。
それでも、ただ生きて帰る。
その意思だけがこの足を馬車のように動かし続けていた。
短いようで長い五分。その間何度死にかけたのか。
何回も足を挫き何回も傷を作って、それでもこの足は止まることがなかった。
神の猛攻は威勢を強め、数秒の間に何十発もの攻撃を繰り出してきた。それら全てを躱してここまで来れたのは、もはや奇蹟が起こっていたとしか思えない。
そして、もう一つの奇跡が現れる。
「来た!」
遥か上空に天の姿が見えた。
─────────────────────────────────────
銀の世界。右も左も上も下もわからない世界にわたしは一人立っている。
痛い。とても、痛い。
何度も折れたはずの骨は何度も繋がり、何度も千切れた四肢は何度も元に戻って行く。そのたびに例えようのない痛みが襲い掛かってきた。
それでも、声を出さずに堪えてきた。
一度でも言葉にしてしまうとその瞬間に何もかも諦めてしまいそうな気がしたから。
でも、今は違う。もう、そんなことしなくていいんだって心から言える。
もういくらでも、我がままを言っていいんだ。
自分のために生きてみてもいいんだ。
痛いと泣き叫んでも、痛みを我慢して前に進んでも。
綺麗な景色を見てキレイだと思っても、逆に忌まわしいと思っても。
あるいは、その両方をとっても。わたしの自由なんだ。
———ああ、それなら、すごく胸が軽くなる。
「……わたしはわたしに、誓う」
何も変わらなかったかつての地獄。何もかもが変わった今という天国。
生き方が変容していくこの世界でわたしがするべきことは。
とにかく、思うがままに生きてみる事なんだ。
「雨には日を。雲には虹を。月には、憧憬を」
剣を高く高く掲げる。
「見る事を止めない。知ることを止めない。生きることを、わたしは辞めない」
意識の全てを剣先に。自由に生きるという誓いを、そこに込める。
「ただ曖昧であることも、ただ決死であることも、全て、わたしの思うままに……」
脳裏には近衛さんの顔があった。迷うまま生きることを肯定してくれたあの人を信じて、この一閃を捧げる。
もうすぐ、五分経つ。
銀の世界は消え、暴風が吹き荒れる空へと飛び立った。
倒すべき相手を視界に入れ、そのまま落ちていく。雨風を全身で浴び続けるが気にも留めなかった。
大丈夫。アレは全く、わたしの存在に気づいていない……!
両手でしっかりと刀を掴み、全部の力を、あの頭を叩き割ることだけに注ぎ込む。
着斬まで、もう一秒もかからない!
『天翔けろ、
─────────────────────────────────────
———流れ星だ。
一筋の白い輝きが、真っすぐな軌道を描いて落ちていく。
この暗がりの世界で一際輝く、唯一の灯だった。
あのときみたいだ。
真っ暗な迷宮に閉じ込められて、あえなく怪異に取り込まれそうになった時。あんな感じの光が奔って俺を助けてくれたんだった。
そしてその星は瞬く間に黒の巨神に落ちていく。つんざくような金属音と岩の破裂する音とが重なっていく。そして神の身体は、砂のように崩壊していったのだった。
雨が止む。風も止む。雲が溶けて、月が顔を出す。
夜。空には、見たことのない星月夜がひろがっていた。
「……あ」
白の彼女が歩いてくるのが見えた。きっと剣野郎じゃなくて天の方だろう。視界がもやもやしてよく見えないけど、きっとそうだ。あれは天だ。一歩一歩踏みしめるような歩き方をしてるから、天のはずだ。
どんな表情をしているのだろう。天は感情が読み取りにくいから、ここからじゃよく見えないな。こっちから近づいてみないと、わからない。
そうして歩いてみようとするも束の間、片足出しただけでバランスが崩れる。
全てが終わったという安堵で身体が勝手に眠りについていく。
「近衛さん!」
天が、俺の名を叫んで走ってきた。すごく焦ってるみたいだ。
俺もすぐに駆け寄りたいけれどそんな気力はとっくに残っていなかった。
そのまま横に倒れ、
水に物が落ちていくような音だけが響いた。
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