始まりの話

流天の剣/女 -蒐-

 ※この回はプロローグ的な立ち位置になります。読み飛ばしてもらっても以降の話に支障はありませんので、ご自由に。





 2022年、秋。日本某所。時刻は24時。静かで黒い道路の上に白装束を来た少女が倒れている。すぐ頭上の電灯が振り落とす冷たい光は、さも彼女が悲劇のヒロインであると示すかのようだ。


 僕はソレを、予定通り保護した。




─────────────────────


 ざあざあ、びたびたと雨が地面を叩いている。

 わたしはこの音を知らない。


 星々は夜空に隠れ、代わりに光を灯した細い塔が何本も目前に建てられている。

 この光景もわたしは知らない。


 胸に暖かくて冷たいモノが潜み、わたしをこうして歩かせている。

 この感覚も、覚えがなかった。


 生きている。感じがする。


 死んでいる。感じもする。


 夢を見ているみたいに意識が朧気だった。視界がオカシイものでずっと満たされていた。

 でも地に足はついていて、黒く硬い地面を踏み込むたびにジグジグとした痛みが走るのだった。

 痛みがあるのなら、これは現実なんだろう。


「いるの? ●?」


 家族の名前を呼ぶ。●はわたしを助けるために、幾年もの時を一人で過ごしてきた。同時にわたしも●をずっと待ち続けていた。


 いつかの約束を果たすために、あなたをずっと待ち続けていた。


 ———静かに眠れる場所に行こう。一緒に生きて、そして死を迎えよう。


 どれだけ離れていても。どれだけ時間が経っても。わたしたちはこの約束を忘れなかった。

 ああ、今流れているこの時間がどうか止まらないでいてくれますように。

 もしくは、永遠の物になるように止まってくれますように。


「———……いたぞ!」


 後ろから人の声が。幾つもの足音が迫ってくる。


「ああ、ああ……!」


 まただ。こうして人はわたしたちの平穏を脅かそうとずっと追ってくる。わたしたちの存在を否定したい誰か。この世の悪いことをわたしたちのせいにしたい、世界の意思。どこにも居場所はないわたしは、今にもひしゃげてしまいそうなこの足を必死に動かすしかなかった。

 もう放っておいてほしい。ただ生きていられればそれだけで十分なのに、どうしてみんなは許さないの?


「待て!」


 軽々と動かせていたはずの身体。でも今は重い石を全身に吊るされているみたいで自由が利かない。


 追いつかれてしまう。


 また、あの真っ黒な部屋に閉じ込められてしまう。


 もう、嫌だ。


「———邪魔だ」



「クソ! 逃げるな、何としても奴を捕まえろ!」

 そう叫ぶ有象無象を彼女は一撃で叩き伏せた。それに伴い他の兵士が狼狽える。噂通りだ、我々が適うはずがないと次々に物を言う。次第に戦意を失って逃げ去る者も出てきたが、お構いなしだ。ソレは目に入った生体を容赦なく切り裂いていく。


 彼女の手には一本の刀が握られている。それ自体に何か特殊な施しがあるわけではない。ただ剣を振るう彼女の動作が凄まじすぎるだけだった。


 とても剣術と呼べるものではない。ただ無茶苦茶に、荒々しく棒を振り続けている。そしてその足も先ほどまでとは様子が違っている。たどたどしく歩いていたはずの細い足は一息で敵との間合いを詰める。相手が防御の構えをとった時にはもう、段々と近づいてくる地面が最期に見る光景となる。


 そうしてただの一人も逃すことなく、今日もソレは生き延びたのだった。


 こんな話があった。

 意思を持つ刀が次から次へと人の身体に乗り移り、そして千年も前に囚われた主をずっと探し求めていたと。


 そしてあるとき。そんな怪談話の元になった村から、白装束をまとい剣を背負った一人の少女が出てきたんだとか。行く当てもなく、今も彷徨さまよい続けているのだとか。


 夜に歩いている時に彼女と会ってしまったらすぐに殺されてしまうらしい。


 由来は不明だが彼女は、「流天るてん剣女けんにょ」とかいう名で呼ばれているそうな。


 どうかあなたも気を付けて。深夜に歩く際は気を付けて。

 見た目麗しき亡霊に、つい斬り殺されてしまいますよ。




















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※次回の佐々木迷宮-1は、13,000文字のボリュームになってしまっていますのでご了承ください。



 

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