第51話 有村蘭子の驚愕5



オークの群れを難なく壊滅させた雨宮裕太は、そのまま第二層を抜けて第三層へと入っていった。


「……(私なんでここまでついてきちゃってるんだろ…)」


引き返すこともできたのだが、有村蘭子はまだ尾行を続けていた。


好奇心に負けたのだ。


オークの群れを屠った裕太の実力は、まだ底が見えない。


第二層でBランク以上のモンスターたちと戦えばある程度実力を推し量れると踏んだのだが、あまりに戦闘があっけなく終わるので有村はいまだに裕太の実力を正確に知ることができないでいた。


「……(少なくとも探索者時代の私より強いのは確実ね)」


全盛期の自分に、たった一人で十匹近いオークの群れをあんなに短時間で、しかも怪我一つ負わずに壊滅させることが出来ただろうか。


…多分不可能だ。


ということは雨宮裕太の実力は少なくともAランク以上ということになる。


ひょっとするとSランク相当の実力を秘めているかもしれない。


「……(本当に何者なの…?どんな壮絶な人生を送ったらあの若さでそこまでの強さを…)」


おそらくとんでもないユニークスキルを持っているのでしょうね、と有村は当たりをつける。


流石にあの若さにしてあれほどの強さを身につけるには努力だけでは説明がつかない。


おそらくAランク以上の相当有用なユニークスキルを10歳の頃に授かったのだろう。


「……(それにしてもさっきからモンスターが出ないわね)」


裕太が第三層に足を踏み入れてから結構な時間が経っている。


ここまでモンスターとのエンカウント、ゼロ。


ダンジョンは下層にいくにつれてモンスターの出現頻度は下がるとはいえ、流石にこれは以上だ。

 

「……(嫌な予感がする)」


イレギュラー。


そんな文字が元探索者の有村の脳裏にチラついた、その時だった。


「うおおおおおお!?!?」


「ひぃいいいいい!?!?」


「に、逃げろぉおおおお!!!」


「イレギュラーだぁああああ!!!」


「……(えっ、なになに!?)」


前方……裕太のさらに前の方から、こちらへ向けて数人の探索者たちが悲鳴を上げながら走ってきた。


続けて、ずんずんという重い足音もダンジョンの通路の奥から聞こえてくる。


「…っ」


暗闇の奥から放たれる強烈な殺気に、有村は身震いする。


とんでもなく嫌な予感がする。


早くこの場を離れたほうがいいと元探索者の勘が告げている。


「……(どうしましょう…絶対に逃げたほうがいい気がするけど……ここで声をかけたら尾行していたのがバレて……って、そんなこと気にしてる場合じゃ…)」


有村が判断を迷っていると、程なくして暗闇の向こう側から巨躯のモンスターがぬっと姿を現した。


「…っ!?」


有村はそのモンスターの姿を見て大きく目を見開く。


五メートルを超える体長。


額から伸びた角。


筋骨隆々の胴体。


口元からのぞくずらりと並んだ牙。


Sランクモンスター、その最強格の一種、オーガキング。


「……(冗談でしょ!?なんでオーガキングがここに…!?)」


それはいくら高ランクダンジョンといえど、三層という低層では決して出現してはいけないモンスター。


…つまるところが。


「……(やっぱりイレギュラーだった…!大変!すぐにここを離れないと…!)」


もはや尾行がバレるとかそんなことを気にしている場合ではない。


すぐに裕太に危機を知らせてここから逃げなければと有村は焦る。


流石の裕太でも、Sランク最強格のオーガキングが相手ではぶが悪いだろう。


なぜならオーガキングは、Sランク冒険者がパーティーを組んで挑むような強敵なのだから。


「オーガ・キングとか冗談だろ!?」


「なんでここにSランクモンスターが出るんだよ!?」


「こんなの勝てるわけねぇ!?」


前方から逃げてきた探索者たちは、脇目も降らずにこちらへと向かってくる。


オーガキングに追い詰められ、青ざめた表情で走っている彼らは、ふと前方にいる裕太の存在に気づいた。


有村は彼らの表情が、一瞬いやらしく歪んだのを見逃さなかった。


「……(まずい…あれは『なすりつけ』られる…)」


有村のそんな予感は、一瞬後、現実になった。


「あ、あいつに…」


「ああ、仕方ねぇ」


「四人が死ぬより、一人が死んだ方が…」


「あいつには申し訳ないが…」


四人組の探索者は、逃げることもせずに突っ立っている裕太の脇を通り過ぎる際にモンスターのヘイトを一手に集めるための囮スキル『デコイ』を裕太に対して使った。


裕太にあのオーガキングを『なすりつけ』て自分たちだけが助かるためだ。


「じゃあな!」


「運が悪かったと思って諦めてくれ!」


「すまんな!」


「あんたの顔は忘れねぇよ」


裕太にオーガキングを押し付けた探索者たちはそんなことを言いながら、『隠密』で姿を隠している有村の存在にも気づかずに、脇を通り過ぎて三層の入り口の方へと走っていった。


「……(今のは……『紅の双剣』の人たち…ソロの探索者に『なすりつけ』なんてタチの悪い……帰ったら絶対に処分を受けてもらわないと…)」


すれ違いざまに顔を見た有村は、裕太に『なすりつけ』を行った四人ぐみが『紅の双剣』というよくこのダンジョンに出入りしているAランクパーティーであることを確認する。


地上へ帰還したら上司に報告し、しかるべき罰を受けてもらわねば、そう思う一方で、今はまずこの窮地を切り抜けるのが先だと気を引き締める。


「……(とりあえず二人で三層を脱出して……って、ええ!?なんで逃げようとしないの!?)」


あることかオーガキングに自分から向かって行っている裕太を見て有村は驚愕する。


無謀すぎる。


いくら裕太が強くても流石にオーガキングを一人で相手取るのは不可能だ。


ここは逃げの一択。


立ち向かってはいけないのだ。


「だめぇええ!!危険です!!今すぐ逃げなさい…!!!」


「…?」


有村はもはやなりふり構っていられず、そうさけびながらオーガキングと裕太の間に割って入ったのだった。

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