第45話 A58ダンジョン攻略6


「…」


「あのー、聞いてます?」


「はっ!」


呆然としていた受付嬢は、僕が目の前で手をブンブンと振るとハッと我に帰った。


「なんで僕を尾行してきたんですか?」


このA58ダンジョンの入り口から今までずっと背後をつけてきていた尾行者の正体は、探索者センターで僕に対応した受付嬢だった。


彼女はなぜ僕を付けてきたのだろうか。


その理由を僕は今更ながら彼女に問うた。


「す、すみません…別に何か、あなたに害をなそうと思ったわけではなくて…」


「なんとなくそれはわかるんですが」


「私は心配だったんです……あなたがこのダンジョンで命を落とすんじゃないかって思って」


「はい?」


「今までにあなたのような、まだ未成年ながら特別なライセンスを使って高ランクダンジョンにもぐり、そして命を落としてきた探索者を何人も見てきたんです。だから、あなたもその類だと思って…」


「それでわざわざ心配でダンジョンまで付けてきたと?」


「…はい」


こくりと首肯する受付嬢。


誠に信じがたい理由だが、しかし彼女に嘘をついているようなそぶりはなかった。


「いや、どんだけお人好しなんですか…」


僕は思わずそう呟いていた。


僕がダンジョンで命を落とすことを心配して、危険な高ランクダンジョンまでついてきて様子を見守るとか……明らかに受付嬢の業務範囲を超えている。


この人、どんだけお人好しなんだ?


「すみません……まさかあなたがここまでの実力者だとは思わず…」


「いや、別に悪いことをしたわけじゃないから謝らなくていいですけど…」


けれど俺にとってはその優しさはお節介だ。


僕がAランクダンジョン如きで命を落とすわけがない。


けれど受付嬢には僕が大した探索者には見えなかったのだろう。


…まぁ、普通そう見えるか。


戦ってでも見ない限り、僕の外見は至って普通の学生だからな。


「許してください。出過ぎた真似をしました」


しおしおと謝る受付嬢。


僕は落ち込んでいる受付嬢にいった。


「まぁ、事情はわかりました。そういうことなら尾行のことは忘れますよ」


「本当でしょうか?」


「ええ。別に僕に何か不利益があったわけでもないですし…」


「ありがとうございます」


「けど、こう言っちゃなんですけどあなたかわってないですか?初対面の僕が心配だからって命の危険を冒してまでダンジョンについてこようとしますかね?普通」


「あ…いうのが忘れてましたが、私、一応元々Aランクの探索者でして…」


「え…そうなんですか?」


聞けば数年前までこの受付嬢は、とあるAランクパーティーに所属するAランクの探索者だったらしい。


名前は有村蘭子。


一時期はそれなりに探索者界隈に名を馳せるぐらいの活躍をしていたらしいのだが、パーティーリーダーの結婚をきっかけにパーティーは解散。


その後は探索者センターで、探索者をサポートする受付嬢を始めたらしい。


「本来は奢った探索者がいても笑って送り出すのが受付嬢の業務です…でも私、性格上そのへんが割り切れてなくて…だから、学生のあなたがA58ダンジョンで命を落とすのを黙って見過ごせないと思って……まぁ、杞憂だったわけですけど」


「なるほど。そういうことでしたか」


話を聞いた感じ、有村さんに何か悪気があったわけではなさそうだ。


むしろ僕が命を落とすのを全力で防ごうと、自らの職務の範囲を超えて行動している。


正直言ってお人好しすぎて怖いぐらいだ。


悪い人じゃないのはこうして少し話してみてすぐにわかった。


「それであの……聞きたいことが一つあるん

ですが…」


「…?」


しおれていた有村さんが顔を上げて僕を見つめる。


「あなたって……一体何者なんですか?」


「え…?何者とは…?」


「本当に探索者育成高校の新入生なんですか…?」


「そうですけど」


探索者センターで生徒証は提示したはずだ。


彼女は僕の身分を確認したはず。


なぜ再度尋ねてくるのだろうか。


「あ、申し訳ありません。別に身分を疑っているわけじゃなくて……その、あなたがあまりにも強すぎるから」


「僕が…?」


「ええ、あなたが」


「そうですか?」


「いやいや、自覚ないんですか?Sランクモンスターを倒す学生とか聞いたことないですよ?」


「そうなんですか?」


「ええ、今までに一度も」


「なるほど」


「いや、なるほどって…」


有村さんがどこか呆れた目で僕をみてきた。


「まぁ、僕もそれなりに努力してるんでそれなりには強いですよ」


「努力…それなり…」


「…?」


有村さんが遠い目になった。


まぁ、よくわからんが別に怪しいものと疑われているわけじゃないのならいいや。


「こんなところで立ち話もあれですし、とりあえず地上に戻りませんか?」


「あっ、そうですね」


我に帰った有村さんと僕はひとまず地上を目指して歩き出した。


これは余談なのだが、地上までの帰り道,何度かモンスターに遭遇して有村さんに戦って倒してもらったのだが、有村さんは普通に強かった。


どうやら昔名を馳せたAランク探索者というのは本当だったらしい。

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