第39話 受付嬢、有村蘭子



またか、と受付嬢有村蘭子はそう思った。


有村蘭子は元探索者の受付嬢だった。


高校を卒業して信頼のできる仲間と共に探索者パーティーを組み、Aランクまで到達した。


だが、パーティーリーダーが結婚を機に危険な探索者をやめたせいでパーティーは解散。


蘭子は探索者時代に作ったコネで探索者センターへと就職したのだった。


25で探索者センターの受付嬢として働き始め、今年で三年目。


今までにいろんな探索者を見てきた。


自らの実力を過信した危うい探索者。


逆に身の程を弁えて、安全マージンをしっかり確保した上で探索を行う賢い探索者。


今日彼女が務めるA58ダンジョン探索者センターを訪れた、この若き探索者はどう見ても前者だった。


明らかに見た目は二十歳を超えていない。


18歳に達しているかどうかも怪しい。


そんな若者が、いきなり危険なAランクダンジョンにもぐりたいという。


それもソロで。


一瞬耳を疑った。


無謀にも程がある。


高ランクダンジョンを主戦場としているベテランの探索者であっても、高ランクダンジョンにソロで潜ることはほとんどない。


蘭子も現役時代は何度も高ランクダンジョンに潜ってきたが、全てパーティーでのことだった。


ソロで潜ったことは一度もない。


それぐらいに高ランクダンジョンとは危険な場所なのだ。


中級、そして低級ダンジョンとはわけが違う。


「あの、失礼ですけど探索者ライセンスはお持ちですか?」


蘭子は今すぐ回れ右して帰れこの愚か者、と叫びたくなる衝動を堪えながら、業務上の手順に従ってまずは探索者ライセンスの提示を求めた。


その無謀すぎる若者が提示してきた探索者ライセンスは、探索者育成高校の生徒証だった。


なるほど、と蘭子は思った。


こういう学生は今までに何度も見てきた。


国は、国内にあるいくつかの探索者育成のための教育機関の生徒に、入学と同時に探索者ライセンスを発行している。


日本最高峰の探索者育成機関である探索者育成高校ももちろんその対象だった。


おそらくこの学生は、壮大な勘違いをしている。


探索者育成高校の受験に合格した自分は選ばれた一部の天才だ、と。


もちろん最難関と呼ばれる探索者育成高校の実技試験を突破しただけですごいことだ。


ある意味一部の選ばれた人間だという認識は正しい。


だが、だからと言ってソロで高ランクダンジョンに潜って生還できるかというと話は違ってくる。


高ランクダンジョンにソロで潜って生計を立てられるのは、一握りのベテラン冒険者の中の、さらに一部の実力者……いわゆるSランク冒険者と呼ばれている者たちだけである。


彼らは数いる探索者の中の上位1%未満の希少存在であり、探索者育成高校の学生というだけで彼らと同格と思ってもらっては困る。


「探索者育成高校の上級生でもソロで高ランクダンジョンにはほとんど潜りません。新入生がソロで高ランクダンジョンに潜るのはあまりにも危険です」


蘭子はこの自らの実力を過信した探索者育成高校の新入生に、高ランクダンジョンの危険さをなんとか解らせようとした。


それはひとえに、この雨宮という少年の身を思ってのことだった。


彼女は今までに何人も、こうした無謀な探索者が送り出したきりダンジョンから帰ってこないということを経験している。


そういう仕事だからと割り切って業務に当たっている職員も多い中で、それでも彼女は、救える命は救いたいと考えていた。


だから、あまりにも無謀な探索を試みる探索者にはこうして忠告をすることにしていた。


蘭子はなんとかしてこの未来ある生徒の無謀なダンジョン探索を止めようとした。


だが雨宮という名のこの探索者育成高校の新入生はあまりに頑固だった。


「あのー…そこまでいうなら言わせてもらいますけど、あなたに僕のダンジョン探索を止める権限ってないですよね」


そう言われればその通りだった。


蘭子は、痛いところをつかれてこれ以上引き止めることが出来なくなってしまう。


そのまま結局、その雨宮という少年を引き止めることはできずに、手続きを進め、ダンジョン探索へと送り出してしまった。


「どうなっても知りませんからね」


最後の忠告とばかりに蘭子はわざと聞こえるように雨宮裕太の背中に向かってそう呟いた。


だが雨宮裕太の足取りに迷いはなく、そのままA58ダンジョンへと向かっていった。


「あちゃー。あれは死んだね。賭けてもいい」


蘭子がもっとできることがあったのではない

かと悔やんでいると、隣の窓口の同僚が遠ざかっていく雨宮裕太の背中を見ながらそういった。


「あんたもお人好しね。わざわざ職務の範囲を超えて引き止めようとするなんて」


「私はただ、探索者育成高校に入学できるぐらいの才能が摘まれるのが嫌なだけ」


「ふぅん。そ。でも彼いっちゃったけど?どうするの?このままだと多分死ぬよ」


「はぁ…本当に仕方がないわね…」


蘭子がため息をついた。


同僚がニヤリと笑う。


「行ってきなさい。今日は人も少ないし、ここの業務は後は私がやっとくから」


「お願い。本当に助かる」


蘭子はすぐに受付嬢の制服を脱いだ。


蘭子は雨宮裕太を死なせないために、A58ダンジョンへついていく決心をした。

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