第35話 座学
ダンジョン攻略ノルマのためのチーム決めを行ったその後は、座学の授業が待っていた。
これより先、チームとしての活動が授業時間内にとられることはなく、戦闘時の連携の練習などは各自授業時間外に行わなければならないということだった。
「いいかお前ら。探索者ってのはただ強ければいいってものじゃない。ダンジョンにもぐり、生還して魔石を持ち帰るにはモンスターやダンジョンに関するいろんな知識が必要なんだ」
担任の岡部が、教科書を使ってダンジョンやモンスターに関する様々な知識を解説していく。
生徒たちは岡部がいうことを一言一句聞き漏らすまいとするように、真剣な表情で耳を傾けている。
「くぁあ…」
一方で僕はというと、早くもものすごい退屈を感じていた。
岡部が今話していることは、すでに異空間ダンジョンにもぐり続けてきた僕にとってはほとんど常識と言っていいレベルの知識だった。
教科書をパラパラとめくってみたが、特に目新しい情報は載っていない。
どうやら一年生の間は、座学の授業時間は、かなり退屈な時間になりそうだ。
「やれやれ…」
ため息を吐いて、僕は窓の外の景色を見る。
天気は快晴。
気持ちいいぐらいの晴れだ。
窓際の僕の席には、温かい日光が降り注いでいる。
「そういうわけで、ダンジョンでは連携が命となる……いくら実力があっても、たった一人でダンジョンに潜ると生存率がグッと下がり…」
岡部の声がまるで子守唄のように聞こえる。
「…」
うとうととしていた僕は、気がつけば意識を失っていた。
「おい、雨宮!!起きろ!!!」
「ん…?」
バシンと何かで頭を叩かれて、僕は目を覚ました。
目を擦りながら周りを見ると、生徒たちが僕の方を見てニヤニヤしている。
「マジかよあいつ…」
「初日でこれかよ…」
「神経図太すぎだろ…」
どうやら僕は気づかないうちに居眠りをしてしまっていたらしい。
あまりにも授業が退屈すぎて、いつの間にか意識を失っていた。
「お前!何考えてるんだ!?初日から居眠りだと!?舐めてるのか!?」
岡部が鬼の形相で怒鳴りつけてくる。
「すみません」
僕が全面的に悪いので、素直に謝った。
だが、岡部はそれだけでは許してくれなかった。
「座学の初日から居眠りするとはいい度胸だな……なんで眠ってたんだ?理由を言ってみろ」
「いや、授業があまりにも退屈だったので」
「なんだと…?」
言ってからしまったと思った。
咄嗟に正直に本当の理由を喋ってしまった。
昨日緊張で眠れなかったとか適当にそれっぽいことでも言えばよかったのに。
馬鹿だ僕は。
「お前いい度胸だな雨宮…授業が退屈だっただと…?」
「…いえ、そういうわけでは」
「そうかそうか。俺の授業は簡単すぎて大変か。それはすまなかったな雨宮」
岡部のこめかみが低ついている。
これは完全にキレてるな。
「じゃあ、そんな優秀なお前に特別に問題を出してやろう。お前が寝ている間に解説したところだ。授業が簡単だというのなら答えられるよな?」
「問題ですか?」
「ああ。俺が今からお前に出してやる問題に答えろ。解けなかったら減点だ。減点が重なれば進級に支障が出る。やがては退学だ。でも問題ないよな?お前にとって俺の授業は簡単だもんな?」
岡部が挑発するようにそう言ってくる。
「わかりました。解いてみます」
ここまで言われたら僕も引き下がれない。
僕は岡部の出す問題に挑戦することにした。
「ほう、そうか。なら答えてもらおうか……Sランクモンスター、トロールの弱点を二つ答えろ。さっきお前が寝ている間に解説したところだ」
「トロールの弱点、ですか」
僕は岡部の表情を見た。
なんだこの問題。
冗談で言ってるのか?
こんなのあまりにも……
「簡単すぎる」
僕は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
本当にこんな簡単な問題で許してもらってもいいのだろうか。
そう思ったのだが、周りの生徒たちの反応は違った。
「おいおい、いきなりSランクモンスターに関する質問かよ…」
「お、岡部のやつ性格悪すぎだぞ……そんなのまだ解説されてねぇよ…」
「何がなんでも雨宮にペナルティ食らわせたいんだな…」
「いきなりSランクモンスターの問題とか出されて新入生の俺たちが答えられるはずがねぇ…」
「雨宮は減点だな」
ヒソヒソと周りの生徒がそんなことを言い合っている。
どうやら岡部が出した問題は、先ほど僕が寝ている間に解説したわけでもなんでもないらしい。
まぁ、関係ないけど。
「さあ、答えられるか?授業が簡単で仕方がないお前には答えられるよな?雨宮」
岡部がにやにやしながら僕を見下ろしてくる。
僕はそんな岡部をまっすぐに見据えて答えた。
「Sランクモンスター、トロールの弱点は二つ。その巨体による動きの鈍さと、一つ目を原因とする視界の狭さ、ですね」
「…っ!?」
岡部の目が大きく見開かれた。
信じられないと言った表情で僕をまじまじと見つめる。
やがて…
「せ、正解だ…」
「「「「おぉおおお…!!!」」」」
生徒たちからどよめきが起きる。
「あいつすげぇ…」
「マジかよ正解しやがった…」
「信じられねぇ…」
「すでにSランクモンスターの弱点まで知ってるのか…?」
「どんだけ先取りしてんだよ…」
生徒たちはどうやら僕が習う範囲を予習していたと思っているようだが、全然違う。
「トロールは今まで何度も倒してきたからね…」
僕の知識は、単なる座学の成果ではなく、実戦による経験だ。
異空間ダンジョンで僕は様々なSランクモンスターと戦って、その弱点はおおよそ理解している。
「これで減点は無しですよね?」
僕は岡部にそう尋ねた。
岡部は苦々しい表情で頷いた。
「約束だからな…だが、もう居眠りはするなよ?」
「はい」
岡部は悔しげに教壇へと戻っていった。
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