第23話 訪問者
「案外広いな」
初日は一年間の日程を説明するだけのいわゆるオリエンテーション的な日であり、授業は行われなかった。
自己紹介の後に行われた校内見学も午前中の間に締め括られ、生徒たちはこれから退学または死亡しない限り三年間住むことになる寮へと移動した。
僕は一年生の寮の自分に割り当てられた部屋まできて、荷物を下ろす。
部屋の広さは十分。
むしろ実家の僕の部屋よりも広く快適そうだった。
「これから三年間をここで過ごすのか。悪くない」
ただのほほんと学校生活を楽しむつもりはなかった。
むしろこの三年間で僕は学べることは全て学び、探索者として出来ることを限りなく突き詰めるつもりだ。
自己紹介の時に語った世界一の探索者になる夢は嘘ではない。
僕の子供の頃からの目標だ。
そのために、この探索者高校で三年間、僕は誰よりも努力する。
コンコン…
「ん…?」
そんな決意を新たにしていると、誰かがドアをノックした。
この寮の管理人か誰かだろうか。
僕はドアを開ける。
「こんにちは、雨宮くん」
「君は……確か黒崎だったか?」
部屋を訪ねてきた人物を見て僕は少し驚いた。
ドアの前に立っていたのは、僕の後ろの席の女子生徒、黒崎だった。
相変わらずその口元は、うっすらと微笑みの形に曲げられている。
「そうよ。黒崎よ。ちゃんと下の名前も覚えてくれた?」
「ええと……久美とかだったか?」
「美久よ。はぁ…ちゃんと覚えて欲しいものだわ」
「悪いね。まだ初日だから」
「全く……名前を間違えられたのは初めてよ。雨宮裕太くん」
「僕の名前はちゃんと覚えているんだね。記憶力がいいの?」
僕のフルネームを読んだ黒崎に、僕は感心する。
小学校、中学校の頃は僕はほとんど空気のような存在で、名前を覚えているやつの方が少なかったから。
「当然でしょ?ライバルの名前だもの。忘れるはずがないわ」
「ライバル…ね」
僕は黒崎を見ながら言った。
「別に僕はそうは思わないけど」
「へぇ。それはどういう意味?私にはとても敵わないという意味?それとも…」
それとも、の方かな。
君程度では僕のライバル足り得ない。
でもはっきりいうと黒崎を傷つけてしまうからね。
僕はわざとその辺りを明言しなかった。
黒崎は僕を見て不敵に笑う。
「ふふ。本当に面白い人。私を前にしたら大抵の男が緊張でたじろいだりするものなのに…あなたはそういうことはないのね、雨宮くん」
「別に君のことは僕も美しいと思うよ?」
「そう。ありがとう」
ただ僕は自分が強くなることにしか興味がない。
恋愛に時間を割いている暇はないだけだ。
「それで、何のようかな?」
僕はここでようやく黒崎の訪問の理由を尋ねる。
黒崎は余裕そうに頬に手をあてがいながら言った。
「別に、たいしたことではないわ。ただ、部屋が隣のようだから挨拶をしただけ」
「へぇ。部屋が隣なのか?」
「この一年生の寮は部屋番は席順に従って割り当てられてるわ」
「なるほど。そうなのか」
それなら僕の後ろの席だった黒崎が隣の部屋なのも納得だ。
「これからよろしくね、雨宮くん。隣人として、それからライバルとして」
黒崎が挑戦的な笑みと共に手を差し出してくる。
「隣人としてはよろしく」
僕はそんな彼女の手を握った。
ひんやりと冷たい。
黒崎が僕の手を確かめるようにぎゅっと強く握ってくる。
「…黒崎?」
「いえ、別に。さようなら」
かと思ったら黒崎は急に僕の手を解放し、最後にニヤリと笑ってから踵を返して消えていった。
がちゃんと締められるドア。
僕は数秒間その場に突っ立った後、つぶやいた。
「不思議なやつだな」
というより変なやつだ。
そう心の中で付け加えてから、僕は部屋に持ち込んだ荷物の荷解きを始めた。
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