7-1

カラッと晴れた初秋の夜空には、クッキリしたシルエットの半月が浮かんでいた。


榛名はるな 月御門つきみかど神社の奥殿では、神職の修行や雑用のために住み込んでいる10人あまりの権禰宜ごんねぎ(*神主見習い)と、月御門つきみかど家の双子の兄弟が、それぞれの私室でとこについた頃合いだ。


双子の兄の千影ちかげは、肌ざわりのいいフワフワのパジャマで、8畳間の和室の真ん中に敷いた布団にはいり目をつぶると、たちまち深い眠りについた。

夢をまったく見ない性質タチだから、次に目が覚めたときには、あっという間に朝を迎えているのが常なのだが。


この夜は、誰かがモゾモゾと布団の中にもぐりこんでくる気配を感じて、すぐにギョッとマブタを開いた。


障子しょうじごしに柔らかくそそいでくる清らかな青白い月の光をたよりに目をこらす。

「ひ、陽向ひなたっ!? なにしてんだよ、オマエ!」


陽向ひなたは、よく乾いた羽根布団の中で横向きに寝返りを打つと、綺麗に日焼けした伽羅色きゃらいろの美貌を双子の兄に向けて、涼しい声でささやいた。

「ボクの夢の世界を、キミにも見てもらいたくて」


よくよく聞けば歯の浮きそうなセリフを、みじんのタメライもなく口にする弟の浮き世離れした天然っぷりに、千影ちかげは、かえって自分の白い顔を赤く染めた。

「は? なんなん、急に。驚かしやがって……」

と、少しサビをふくんだ甘ったるい声でボヤきながら、自分も横向きに寝返って、陽向ひなたの顔を真正面に見すえる。


双子の兄が眠る布団の中に忍び込んできたフラチな弟は、洗いざらしの浴衣ゆかたを端然と身につけて、いつもと変わらず静かな目をしている。

夜の海のように深遠しんえん漆黒しっこくに、紫の虹彩こうさいをしっとりとキラめかせながら。

双子の弟ながら、真意をはかりきれない、謎めいたところがある。


「ごめん。でも、ボクのワガママきいてね」

そう言うなり、陽向ひなたは、千影ちかげの前髪を片方の手でそっとカキ上げた。


次に自分の前髪をカキ上げながら、あらわになったお互いのヒタイをピッタリと押しつけあって、小声で何度も口ずさむ。

「オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ、

 オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ、

 オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ

 ……」


耳ざわりのいいササヤキ声がどんどん遠ざかって聞こえてくると、千影ちかげの目も、ひとりでに閉じる。


一瞬のマタタキの合間に、ふっと軽いメマイを覚える。

カラダが宙に浮かぶような、それとも地面に沈みこんでいくような……

フワフワしておぼつかない、いつもの感覚。


直後に周囲を見わたせば、そこはもう、見たこともない異世界で。


「ななな、なんじゃこの世界はーっ!?」

千影ちかげは、スットンキョウな声をあげた。

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