6-6

犬丸いぬまるは、暗灰色の目を鋭くこらした。


おりしも懐中電灯の明かりが偶然に奥にズレると、そこに、大上おおかみのものとは違う別の手が見えた。

大上おおかみの手より小さく細く華奢きゃしゃで、そのうえ真っ赤な色をしたその手が、懐中時計の鎖の先端を握りしめていた。


「うっ!?」

犬丸いぬまるは、ギョッと目を見開いた。

たちまち、真っ赤な手がニュッと伸びて、犬丸いぬまるの顔に向かって飛んできた。


犬丸いぬまるは、後ろに飛びずさった。

革靴の底が床の血だまりにスベって、ピアノの下に足を引っ張られるような格好でアオムケに転倒した。


「うわあーっ!? な、なんで、こんなところにウサギが……っ!?」

トートツに響いた八木の叫び声は、しかし、語尾は場違いに嬉しそうだった。


八木の腕の中には、ピアノの中から飛び出してきたウサギがチョコンと乗っかっていた。

全身が黒く、シッポだけが真っ白なヒトなつっこいウサギだ。


―――さっきの"赤い手"は、このウサギの見間違いだったのか?

犬丸いぬまるは、しきりに首をかしげながら、上体を起こした。


靴のカカトに、妙な違和感を感じる。

ピアノの下に長身を窮屈に屈めながら、四つんばいになって足もとを確認すると、床板のパネルが数枚はがれて床下に穴が露出していた。


「おい、ちょっと、こっちを照らしてくれ!」

犬丸いぬまるは、床下をのぞきこんだまま怒鳴った。


鑑識課員がその場にひざまづいて、懐中電灯の明かりをピアノの下に向けた。


犬丸いぬまる警部は、床に開いた穴のヘリに手を引っかけて、床板を数枚タテツヅケに引きはがし、さらに穴を広げた。


床下には、深さが約1メートル、広さが1畳ほどのコンクリートばりの空間があらわれた。

壁面の腐食と劣化の状態からみて、西洋館の建築時から存在していたものだろう。


食糧や備品の貯蔵スペースにされていたものか。

あるいは、当時の国内外のセレブを対象に、外交的な諜報活動の目的で工作員が身を隠すためにでも使われていたものか。

現在では、まるで知る由もない。


だが、小学部の頃からこのピアノに慣れ親しんでいた大上おおかみが、なんらかのキッカケでピアノの床下に謎の空間を見つけ、それを秘密の墓穴として利用したことは明らかだ。


コンクリートの穴の底には、いくつもの白骨と大小の頭蓋骨ずがいこつが散乱していたのだから。

そのうちの一体は、この学校の高等部の制服を着た人骨だった。


無数の小動物ウサギの骨と、少年の白骨遺体……


赤音あかね 由卯ゆうか……」

犬丸いぬまる警部は、静かにつぶやいた。


その瞬間、耳もとで、

「見つけてくれて、ありがとう……」

と、柔らかな少年の声がささやいた気がして。

ゾクッと背中をふるわせた。

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