6-5

吹き抜けの天井からシャンデリアの光がきらびやかに降りそそぐ壮麗そうれいな舞踏ホールは、血みどろの惨劇さんげき舞台ステージと化していた。


ホール中央にツヤヤカに黒光りするグランドピアノ。

その右側に、スマートなダークスーツ姿の長身の男が、床にヒザをついて寄りかかっている。

左手をピアノの側面にひっかけて、右手をヒジのあたりまでピアノの内部に突っ込んだ状態で。


「こりゃ、ひでぇ……っ!」

八木刑事は「ウッ」とウメいて、スーツのソデで口元をおさえた。


閉じかけたピアノの大屋根と下の本体に、うつ伏した頭部がはさまって、バケツで浴びせたように鮮血に染まっていたのだ。

床にも一面に大きな血だまりが広がっている。


状況から見て、男がピアノの内部をのぞきこみながら右手を伸ばしている最中、屋根が急に閉じて、後頭部に落下してしまったのに違いないようだ。

重厚な屋根板の一撃を受けたとたん、一瞬で絶命してしまったものであろう。


すでに現場にいた鑑識課員かんしきかいんに声をかければ、

「なんで警視庁から? それも、所轄しょかつの刑事より先に現場に到着するなんて」

と、不審げに眉を寄せながらも、床を指さして教えてくれた。

「これ、見てください。ピアノの屋根と本体の間を支える『突っかい棒』なんですけどね。根元のあたりがボロボロになってんですわ」


そこには、黒く長い棒が落ちている。

危険な屋根の重量を1本で支持する、「突上棒つきあげぼう」という部品だ。


犬丸いぬまる警部が、しゃがみ込んでマジマジと観察すると、棒の根元がボロボロに崩れ欠けていた。

「どう思う、八木?」


「うーん……白アリにでもカジられたみたいですねぇ?」

と、隣に身を屈める八木刑事は、首をひねって、

「この『突っかい棒』が壊れたせいで、屋根が落下してしまったのか。……まさに因果応報だな、大上おおかみめ」


「まあ、調律やメンテナンスまで自分でおこなって、できるだけ他人にピアノを触れさせないようにしていたのは、被害者ガイシャ大上おおかみ本人だったということですから。たしかに因果応報かもしれませんが」

鑑識課員は、いまひとつピンとこない面持ちで言った。


「オレには、齧歯類げっしるいの小動物にでもカジられた痕跡こんせきに見えるがなぁ。たとえば、リスとか、……ウサギとか」

と、犬丸いぬまるは、ボソリとつぶやいてから立ち上がった。

それから、鑑識課員に向かって、

「ピアノの内部を見てみたいんだが」


「まだ所轄の刑事が来てないので、屋根をどかすわけにはいきませんがね。スキ間から、中をノゾけますよ」

鑑識課員は、そう言うと、大上おおかみのツブレた頭部が『突っかい棒』と化している、ピアノの屋根と本体の間のわずかなスキ間に、小型の懐中電灯を突っ込んで照らした。


犬丸いぬまる警部は、血みどろの頭部の隣に平然と顔を寄せて、明かりに照らし出された大上おおかみの右腕を見た。


フシくれだった骨格が目立ちながらも繊細な、ピアニストらしい長い指には、銀色のアンティークな懐中時計が握りしめられていた。

その懐中時計の先についた長い鎖が、無数に張りめぐらされたピアノ線の一部に、何重にも複雑に巻き付いていた。


―――なるほど。ピアノ線にカラミついてしまった時計を取り戻すために、屋根の下にアタマを突っ込んでいたというわけか。

そう納得して姿勢を正そうとした犬丸いぬまる警部の視界のスミに、フッと何かがうごめいた。

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