6-3

大上おおかみが、時計の鎖で圭斗けいとの首をしめるのを途中でやめて逃げたのは、巡回中の警備員の懐中電灯の光が公園内をチラついたからだろう。


「それにしても、大上おおかみは、赤音あかね 由卯ゆうをどこに隠したんだ?」

犬丸いぬまる警部は、車の助手席に深々と腰を沈めて腕を組みがら、うなるようにつぶやいた。


都下の閑静な田園地帯。

もうだいぶ日の暮れた国道を、黒塗りのセダン車マークXは、ヘッドライトを明るく照らしながらスムーズに走っていた。


運転席でハンドルを握る部下の八木やぎ刑事は、フロントガラスを向いたまま、首をかしげた。

大上おおかみという男、当時はまだ高校生で、しかも寮生活だったんですものねぇ。ってことは、学校の敷地のどこかに……?」


「だろうな。神童とうたわれた天才ピアニストが、世界中のステージで喝采かっさいをあびる進路を棒にふり、教師として母校に舞い戻った理由にもなる」


「ってことは、やはり、大上おおかみが異常に固執こしつしている、迎賓館げいひんかんの建物の中がクサいですよね?」


「まあ、いずれにせよ、本人に話を聞くのが一番てっとり早いさ」

そう言って、犬丸いぬまるは、カーナビのディスプレイをチラリと一瞥いちべつした。

大上おおかみ圭斗けいとたちが通う学校に、もう間もなく到着できる。


八木刑事は、下がり気味の目尻をいっそう下げて、満面の笑顔で言った。

「いやあ、さすがっスよ、犬丸いぬまる警部!」


「なにがだ?」


「だって、宇佐美うさみ 圭斗けいとの傷害事件の犯人探しにまわってる連中は、圭斗けいとの父親に対する怨恨えんこんのセンしか追ってないですもん。地裁の裁判長である圭斗けいとの父親が極刑を宣告した、例の暴力団組織の会長のための、報復合戦だって。まるっきり見当違いなのに!」


「ドンピシャのタイミングだったからな。ムリもないさ」


「でも、犬丸いぬまる警部は真相を見抜いたじゃないですか! キャリア組にケムたがられてるせいで、捜査の前線からハズされて、高校生のおりをさせられてたのに。スゴいっスよ、マジで!」


心の底から尊敬に満ちた声をあげる部下の賛辞さんじを、しかし、犬丸いぬまるは、あまり素直には喜べず、

「ははははは……」

と、かわいた笑い声をあげた。

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