6-2

クールで洒脱しゃだつで、ちょっとアンニュイな雰囲気のする天才ピアニストとなれば、学生たちにとっては、どちらかといえば畏敬いけいの対象だったろう。

そんなイケてる音楽教師が、無垢な小動物をいたぶってえつにいっているところを目撃してしまったのだから。

圭斗けいとの動揺は、察するにあまりある。


後ずさった足がもつれて、後ろにハデに転んでしまった。

そのとき、後頭部を遊歩道の石ダタミに打ったのだ。


転倒のショックと軽い脳震盪のうしんとうで、一瞬、呼吸がとだえ、意識も遠くなった。

フッと気がつくと、公園のベンチの上にアオムケに寝かされていた。


ベンチの端に斜めに浅く腰かけていた大上おおかみは、

「よかった。大丈夫かい?」

と、圭斗けいとの顔をのぞきこんだ。

ピアニストらしく大柄で端正なその手には、大上おおかみがいつも胸ポケットに忍ばせているアンティークな銀色の懐中時計かいちゅうどけいが握られていて、時計の先端に付けられた長いくさり圭斗けいとの頬を無作為にくすぐっていた。


青白い街灯が、大上おおかみの切れの長いハシバミ色の目に沈む異様な渇望かつぼうを、あらわに浮かび上がらせていた。

圭斗けいとは、思わず泣きだしそうに小さな顔をゆがめた。


そのとたん、大上おおかみの白いノドがゴクリと波打つのが、ハッキリ見えた。

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