5-3

魚に水が絶対に必要なように、大上おおかみにとって由卯ゆうは、自分が人間らしく生きていくためには絶対に必要不可欠な存在となった。


でも、由卯ゆうにとって大上おおかみは、必ずしも必要不可欠な存在ではなかった。


高等部2年の夏休みが終わって、帰省していた実家から寮に戻ってきた由卯ゆうは、3つ年上の幼なじみの女子大生との初体験を真っ赤な顔で語った。


この年ごろの少年なら、ひと夏の恋の武勇伝を初心ウブな同級生たちに言いふらしてまわりたがるのは当たり前のことで。

ましてや、小・中・高等部まで一貫して男子生徒のみがつどうまなにあっては、いわずもがな。

大上おおかみだって、そんなことは百も承知だ。


でも、由卯ゆうはダメだ。

由卯ゆうだけは、永遠に無垢でいなけりゃダメだったんだ。


ボクだけの清らかな芸術の女神ミューズでいてくれなくちゃ、ダメだったのに……


由卯ゆうは、そんな大上おおかみの嘆きも知らず、その晩も、軽やかにピアノのまわりをまわった。

クルクルと、優雅に手足を跳ね上げながら。


大上おおかみの中にくすぶっていた病的な嗜虐しぎゃくの衝動が、瞬発的に燃えあがった。


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