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高等部にあがると、大上おおかみ 恭志郎きょうしろうも学生寮に入った。


ルームメイトとなった同級生は、赤音あかね 由卯ゆうという名前の、中性的な美しい容姿を持つ少年だった。

フワフワしたミルクティー色の巻き毛がフチどる繊細な白い顔には、いつでも夢見るようなウットリした微笑みが浮かんでいた。


その頃はまだ、周囲から強く嘱望しょくぼうされるまま、世界的なピアニストになる将来を当たり前のように目指していた大上おおかみは、学校の理事会じきじきのオスミツキを得て、寮の消灯時間ギリギリまで迎賓館げいひんかんに入りびたりピアノを使用することを許されていた。


赤音あかね 由卯ゆうは、ルームメイトの特権とばかりに、いつも大上おおかみのピアノの練習に付き添った。

寮に入ったばかりの時は、ひどいヒトミシリだったくせに。じょじょに慣れてきたとたん、幼い子供のように無邪気にジャレついてきた。

どこまでもついてきて離れない、可憐な愛玩動物のように。


大上おおかみの奏でるメロディーにあわせて、たわむれにショパンのワルツを口ずさみながら、ピアノのまわりをクルクルと踊ってみせることも、しばしばだった。


ほっそりした華奢きゃしゃな手足が、優雅にひるがえる。

その姿に魅せられると大上おおかみは、深遠な音楽の泉が内側からとめどなくあふれ出すような、底知れないインスピレーションを感じられた。


―――自分の心には、他の人間に比べて欠落した部分がある。

大上おおかみ少年は、いつからか、それに気付いていた。


そんな彼にとって、由卯ゆうは、偉大な芸術の女神ミューズだった。

由卯ゆうがいてくれれば、自分は"まっとうな"人間でいられる。


なんの罪もないイタイケなウサギに殺意をぶつけなければおさまらないような、邪悪な残虐性ざんぎゃくせいを、ずっと封印しておける……


大上おおかみにとって由卯ゆうは、自分が輝かしい人生を送るためには、絶対に必要不可欠なパーツとなった。


でも、由卯ゆうにとっては、そうではなかった。

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