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大上おおかみ 恭志郎きょうしろうは、吹き抜けの天井から荘厳なシャンデリアの明かりがそそぐきらびやかな舞踏ホールの中央で、年代物の美しいグランドピアノを無心に奏でていた。


楽譜台のスミに愛用の懐中時計かいちゅうどけいを置くのは、昔からのクセで。

古びた文字盤が示す時間は、夕方5時をまわったところ。

窓の外に広がる初秋の空は、ピンク色の濃淡が鮮やかなグラデーションを描きはじめた頃合いだった。


長めに伸ばしたカフェオレ色の前髪を、秀麗な白いヒタイにユラリと波打たせる細面ほそおもては、少し神経質めいていて。

スマートなダークスーツに趣味のいいネクタイ、手入れの行き届いたレースアップの革靴にいたるまで、芸術家らしいコダワリの強さとともに、かすかなナルシシズムも匂いたつ青年だ。


1週間前の緑地公園での事件以来、小・中・高等部いずれの生徒たちも授業が終わると急いで下校をするようになったおかげで、迎賓館げいひんかんの中も周辺も、人影ひとつ見当たらなくなった。


おかげで、一介の音楽教師である大上おおかみが1人っきりで、世界的な一流ピアニストたちを何人も魅了してきたホールとオーケストラ用ピアノを、思う存分に独占できるのだ。


大上おおかみ自身、かつてはこの小・中・高の一貫校を、小学校から通い続けた生徒の1人だった。


その頃から、敷地内の公園には大きなウサギ小屋があり、小学部の低学年の生徒たちが交代で、常時20匹前後のウサギの世話の当番をするのが通例化していた。


小学生になったばかりの頃の大上おおかみ少年にも、当然、その当番はまわってきた。

そして、その頃を境に、ウサギ小屋のウサギの数は、いつの間にか目に見えて減っていくようになった。


はじめは、小屋のスキ間からウサギが脱走してしまったのだと誰もがノンキに考え、壁と扉の修繕がほどこされた。

それでもウサギの失踪しっそうはやまなかったが、おおかた飼育当番の子供たちが、世話をする際に扉を開けっ放しにしているスキにでも、小屋から出ていなくなってしまうのだろうと、当時の小学部の学部長はタカをくくって、軽率にウサギの数を補充した。

まあ、とにかくトラブルを徹底的にイヤがる人物でもあったようだし。


やがて、大上おおかみ 恭志郎きょうしろうが高等部に進級して間もなく、生徒たちのセキュリティを強化する目的で、公園の各所に防犯カメラが設置されるようになった。


同時に、ウサギ小屋のウサギの数が減ることもなくなったが、その代わり、大上おおかみ少年が自分だけの胸のうちに必死に隠してきた残忍な嗜虐性しぎゃくせいは、まるっきり行き場を失うことになった。

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