4-2

犬丸警部が、圭斗けいと小脇こわきにかっさらうようにしてあわただしく去ったあと、千影ちかげは、布団の上にウツブセに寝ころんでホオヅエをつきながら、意味深いみしんな上目づかいで聞いた。

「なあ、陽向ひなた圭斗けいとの夢をのっとってた、あの赤い燕尾服えんびふくのヤツ。アイツをこの世から解脱げだつさせることって、できたん?」


六角堂の一隅を向いて片ヒザを立てながら、唐木の花台の上に置かれた青磁せいじ香炉こうろ白檀びゃくだんの香をたきしめていた陽向ひなたは、かぐわしい白煙にウットリ目を細めつつ、

「ううん。時間がなくて、間に合わなかったんだ」

と、屈託なくアッサリ答えた。


「はあー!?」

千影ちかげは呆れて、舌打ちした。

「なにそれ! ずいぶん薄情じゃね?」


「でも、圭斗けいとくんの夢の中からは、ちゃんと追いはらったよ」


「は? ……どゆこと?」


「行くべき場所へ行くように、教えておいた。"彼"が自力じりきで、この世への未練を断ち切れるように」


「"行くべき場所"って、どこよ?」


陽向ひなたは、しゃがんだままクルリと振り返って言った。

「あんまり問いつめないでよ。もう、この話は終わり」


「なんでよ!?」


「……幻滅げんめつされたくないから、かな」


「誰に?」


「キミに決まってるでしょ」


「はあああー? 意味わかんねー!」


「うん。わからないほうがいい」

陽向ひなたは、そう軽く受け流してから立ち上がり、布団のそばにあった文机ふづくえを両手で取り上げた。


それを片付けるために、六角堂の扉に向かおうとした背中を、千影ちかげの声が呼び止める。

陽向ひなたってさぁ、寝てるとき、夢を見たことある?」


「…………? あるよ。ほとんど毎晩、夢は見る」

と、陽向ひなたは、文机ふづくえを持ったまま後ろを振りかえり、千影ちかげをキョトンと見下ろした。


千影ちかげは、ゴロンとアオムケに寝返ると、赤みがかったトビ色の瞳をボンヤリと天井にさまよわせながら、どこかナゲヤリに言った。

「オレ、他人ヒトの夢はさんざん見てきたけどさ。見たことないんだよね、自分の夢って。一度も」


「…………」


「なんつーかさ。オレが他人ヒトの夢を見るときって、夢に入り込むってより、他人ヒトの夢と"同期"するって感覚なんだよね」

と、いつの間にか枕もとに座っていた双子の弟の顔を、かすかな苦笑まじりに見上げながら、

「きっと、夢の"周波数"みたいなのを、"同期"する相手に合わせるためには、オレ自身のチャンネルをいつでも空っぽにして空けとかなきゃならないんだ」


「そのせいで、キミは、自分の夢を見ることができないの?」


「うん。だと思う」


「そんなの、ぜんぜん知らなかったよ」


「まあ、別に。あらたまって話すようなことでもねーし」


「水くさいんだ、千影ちかげは」

と、陽向ひなたは、いつになく少し寂しげな横顔を残して、静かに立ち上がると扉を出て行った。


千影ちかげは、両手でマブタを覆いながら、綺麗な淡桜色のクチビルを子供のようにとがらせてボヤいた。

「なんでソッチがキズついたような感じ出すわけ? オマエのほうが水くさいんじゃ! 薄情者め……」

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