3-2

千影ちかげは、深紅の燕尾服の少年を追いかけて、踊り場の奥に走っていった。


1階と同じ広大なホールの光景だが、窓の外の樹木の緑ごしに、今度は、見覚えのある学校の校舎がハッキリのぞいて見えた。


「あ、分かった!」

千影ちかげは、思わずつぶやいた。

「このホール、オレが通ってた高校にあったやつだ」


千影ちかげが昨年の春まで通っていた、圭斗けいとと同じ全寮制の高等部の敷地内には、日本の有形文化財に登録されているほど歴史の古い、豪壮ごうそうなツクリの迎賓館げいひんかんが建っていた。

当時の国内外のセレブや外交官の社交場として、明治時代に建てられたという西洋館だ。


現在でも、国際的な音楽家を招いたコンサートやなんかが年に数回おこなわれたりするが、さすがに老朽化ろうきゅうかが進んで維持費も激増してきたため、学校の理事会では、解体を望む声が大きくなっていた。


「おーい、圭斗けいと! どこだー?」

走っているうちに、あらたな踊り場に行きついた。


手すりに身を乗り出して階下をのぞくと、深紅の燕尾服のシッポが視界をヒラリと横切った。


圭斗けいと!」

と、千影ちかげは、深紅の残像に向かって大きく手を伸ばした。


その瞬間、目の前の手スリがパッと消えて、白いスーツ姿の千影ちかげのカラダは、イキオイあまって空中に飛び出した。


「おっ……わわわわーっ!?」

反射的に何かに取りすがろうと両手をもがくが、むなしく空気をかくばかり。

「いや待て落ち着けオレ! これは夢、オレの領分フィールド……」

つぶやきながら、「パチン」と指を鳴らす。


とたんに、千影ちかげの落下する真下の床に、学校のプールが口を開けた。

けれども、槽内には水が入っていない。


硬いコンクリートの底に全身が叩きつけられそうになる直前、千影ちかげは、もう一度「パチン」と指を鳴らした。

すると、プールの中は、赤い色のゴム風船でいっぱいにあふれかえった。


千影ちかげのカラダは、ふくらんだ風船の奥にスッポリと沈みこんだ。

パン、パン、パン……と、いくつか風船が割れる音が軽やかに連鎖れんさした後には、風船の海から吐き出されるようなテイで、千影ちかげのカラダは空中に飛び出し、ホールの奥へ向かって大きなを描いた。

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