2-9

陽向ひなたは、千影ちかげの左手をおもむろにつかんで、自分のヒザの前の床に、手のひらを上に向けて置いた。

次に圭斗けいとの右手を持って、千影ちかげの左手の上に、こちらも手のひらを上にして乗せた。

ふたつの布団の間に、2人の手が重なった格好だ。


それから、サッと横を向き、彫りが深く精悍せいかんな犬丸警部の顔を、はじめてマジマジと直視して言った。

「ボクの"気"が抜けたら、すぐに文机ふづくえの上の砂時計をサカサマにしてください。砂がぜんぶ落ちたら呼び鈴を振って、ボクたちが目覚めるまで鳴らし続けてください」


「…………? 『気が抜ける』とは、いったいどういう意味……」


警部の問いかけを無視した陽向ひなたは、和装の上衣の胸元から折りたたんだ懐紙かいしを引っぱり出すと、その中にはさまれていた大きな笹の葉を取り出して、

天清浄てんしょうじょう地清浄ちしょうじょう内外清浄ないげしょうじょう

 ……急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう

そう唱えてから、笹の葉に「フッ」と短く息を吹きかけた。


そして、圭斗けいとの手のひらに笹の葉を置き、さらに自分の人差し指と中指を上に添えながら、

「オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ、

 オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ、

 オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ、

 ……」

と、素早く何度もささやき続けた。


そのうち陽向ひなたがピタリと口を閉ざしたとたん、布団に横たわっていた2人が、耳に聞こえるほどの深くユックリとした寝息をあからさまにたてはじめた。


陽向ひなたは、犬丸警部を横目で見て、こともなげに平然と、

「たった今、千影ちかげは、圭斗けいとくんの夢の中に入りました」


「な、なに……?」


「ボクも参りますので。あとは頼みます」

そう言うなり、美しく正座したまま目を閉じると、

一 二 三 四 五 六 七 八 九 十ひ ふ み よ い む な や ここの たり

 布瑠部 由良由良止 布瑠部ふるべ ゆらゆらと ふるべ

と、歌うように口ずさんでから、「フーッ」と、今度は長く静かに目の前に息を吐く。


すると、わずかに軽く開いた綺麗なクチビルのスキ間から、真っ白い気体がフルフルと揺れ動きながらただよい出て、丸く固まった。

野球ボールほどの大きさの球体に整えられた、濃密なケムリのカタマリそのもののようだ。


ポカンと目を見開く犬丸警部の目の前で、それは、迷いなく千影ちかげ圭斗けいとの重なった手の上にユラリと降りていった。

そして、球体がパッとはじけて霧散すると、ケムリは笹の葉に吸い込まれて消えた。

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