2-7

「ふうううーん……」

千影ちかげは、腕組みをしたまま顔をタタミの上にウツ伏して、ひとしきりウナってから、イキオイよく上体を跳ね戻すなり、

「悪夢を見ないでグッスリ眠りたいだけなら、オレよりも、陽向ひなたに助けてもらうといいよ。な、陽向ひなた? 陰陽術おんみょうじゅつのオマジナイで、なんとかできるっしょ」

と、隣に座る双子の弟をアゴでしゃくって指し示した。


「いや。……圭斗けいとくんには、やっぱり、千影ちかげの助けが必要だと思うな」

陽向ひなたは、よく通る涼やかな声でキッパリ言った。


千影ちかげは、しっとりした淡い桜色のクチビルを子供のようにキュッととがらせて、

「なんでよ。思い出したくもないイヤな記憶のつまった悪夢をほじくりまわすなんて、圭斗けいとの心に悪影響が出るだけじゃん?」


「でも、圭斗けいとくんのまわりに良くない瘴気しょうきがただよっている。それが悪夢の正体だから、きっと」


「は? なにそれ。意味わかんない」


「……圭斗けいとくんに何かを伝えたがっているけれど、うまくいかなくてイラだっているんだ。このままだと双方にとって最悪な結果になりかねない」


「だからさ。その瘴気しょうきって、なんなん?」


しつこく問いただしてくる千影ちかげに、仕方なく陽向ひなたは、ポツリと答える。

「……死者の霊」

圭斗けいとをこれ以上こわがらせるのが気の毒で、あえて言葉をにごしていたのだが。仕方ない。


少年たちのヤリトリを黙って聞いていた犬丸警部は、

―――ほーら、おいでなすったぞ!

と、胸のうちで両手を打ち鳴らした。

ウサンクサい双子らめ、いよいよ化けの皮をはがしはじめた、と。


「し、死者の霊!?」

圭斗けいとは、ビクリと身をすくめた。

小動物めいた小さな顔を、今にも泣きだしそうにしかめている。


このキズついたイタイケな少年の不安と恐怖心を利用して、サギまがいの霊感商法で金銭を搾取さくしゅするようなマネをすれば、ただちに双子をとっちめてやろうと、犬丸警部は身構えた。


陽向ひなたは、しかし、あからさまに鋭さを増した犬丸警部の暗灰色あんかいしょくの三白眼をまるで気にせず、真っすぐに圭斗けいとだけを見つめて言った。

「シッポだけ真っ白な、黒いウサギの姿がアタマに浮かぶんだけど。……心当たり、ある?」


「黒ウサギだと!?」

犬丸警部は、不覚にも驚嘆きょうたんの声をあげてしまった。


宇佐美 圭斗けいとが何者かに首をしめられ意識不明で倒れていたベンチの前には、ウサギ小屋があった。

ウサギの飼育をしている小学校の低学年クラスへの聞きこみにより、事件のあくる朝から1匹のウサギが姿を消していることが明らかになっていた。


それが、全身真っ黒でシッポだけ白い、特徴的な柄のウサギだったというのだ。

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