第44話 溢れる幸せ【本編、最終話】

やっと結ばれる今日のよき日に、緊張するカイエンの顔は青白かった。

「旦那様、もう少しにっこりしてくださいませ」

白いドレスに身を包んだ私は、カイエンの口元をぐいぐいと引っ張った。


「だ、旦那様だなんて…」

「あら、今日から旦那様ではないですか。そちらも、どうか"様"などつけずに、気安くセレンと呼んでくれなくては嫌ですわ」


青白かった顔が今度は真っ赤になる。

「セ…セレン…」

「はい、旦那様」


咳払いするカイエンの目線は逸らされたままだが、思いっきり照れているのが可愛いと思う。



さあ、結婚式が始まる。

光が集まる温かな会場は、気持ちのいい空気で満たされている。


ドアが開け放たれると、祝福の拍手が私たちに降り注いだ。


カイエンの同僚や隊長、クウマやサルバ、父や義父母。ノーマン王太子殿下の姿もある。


一歩ずつ確かに踏み締める、幸せへの道。

その道中で、カイエンは私を見つめていることに気づいた。

「?」

「セレンが、光に照らされてとびきり綺麗だ」

耳元で囁かれる。

恥ずかしくて、組んだ腕に、ぎゅうと力が込められる。


辿り着いたその先で、私たちは愛を誓った。

重なる唇の暖かさに、胸がときめく。

(…私ったら、人前なのに)


元来た道を再び歩く私たちに、来場者達が花びらの雪を降らせる。

(幸福とは、こういうことを言うのかしら)

見ると、父は涙をハンカチで拭っていた。



その後、披露宴でカイエンはしたたかに飲まされていたが、酔ってもいつもとあまり変わらなかった。

「お強いんですのね、お酒」

「まあ、隊の中では何かとかこつけて飲まされますから」

カイエンは少しだけとろんとした目で私を見る。

「でも、飲むと正直になるんですよ、僕」

「というと?」

「…そうですね、例えば…終わったらすぐにセレンを抱きたい、とか」

「耳元で変なこと言わないでください」

「僕だって男だということです。変なわけあるかぁ」

「…やっぱり、酔ってますわね」

「酔っ払った僕は嫌いですか。僕はどんなセレンも好きなのに」

赤く潤んだ瞳で私を見る、それだけで五割り増しで切なそうに思えてしまう。

正直になる…ということは、これがカイエンの素直な気持ちなのか…。

そんなことを考えていると、突然顔が近づいてきて、奪う様にくちづけされる。


ヒューという声と共に、わあわあきゃあきゃあと色めきたった。

なぜか拍手まで起こる。


父を見ると、頷きながら拍手をしている。

なんだかとても楽しそうで何より(?)だ。


恥ずかしくて、堪らずいつもは飲まないお酒で、少しだけ喉を潤した。


良い時間まで続いた披露宴は、義父の言葉で締め括られお開きとなった。





そして、どっと疲れた身体を湯浴みで癒してもらい、寝室へ向かう。

疲れてぐうぐうと寝ている先客に背を向けて床に入る。


(なんだか、すごい一日だったわ…人前で…)

一人顔を赤くしていると、いきなり肩を掴まれたので振り返る。

カイエンが覆いかぶさり、食むようにくちづけされる。

暗がりでも、切なそうな顔が見えた。

「セレン…いい匂いだ…」

「きょうは、ローズのオイルを使って頂きました。…それより旦那様、なにか…変…」

荒くなる吐息に些かお酒の匂いを感じる。

この数時間でアルコールが抜けるとは思えない。


「さっきの言葉、覚えています?」

言いながら、何度もそこここにくちづけを落とされる。


『終わったら、すぐにセレンを抱きたい』


思い出して、ぼっと顔が熱くなる。

「セレンがここに来るまで、僕がどんな気持ちでいたか…わかります?身体が熱って」

「それはお酒のせい…」

「そんなわけない。…ずっと思いこがれた人と心が結ばれた日、どうやって君と…」

ヘーゼルの瞳が真っ赤だ。

私は見つめ返すのに精一杯だった。

何度目かのくちづけの後、はーっとため息をついてカイエンは起き上がった。

「明日から南の領地へ行くのでしたね」

「新婚旅行だからと、1ヶ月もお休みしていただいて、本当にありがとうございます」

そういうと、切ない表情のカイエンはおでこにくちづけしてくれる。

「…また馬車の中で二人もたれかかりながら眠るのも良いですが…今日は早めに休みましょうか」

私は微笑む。

カイエンは寝転がり、私を包み込むように抱いてくれた。

目を閉じると、すぐに隣からすうすうと寝入ったことを知らせる呼吸が聞こえてきた。


薄い茶色の髪を撫でる。

そして、おでこにくちづけをした。

「貴方のことが、大好きですわ」

「……やっぱりこの夜が惜しい…」

「もう、寝たんじゃないんですの?」

「すみません。ちょっとしたことで起きてしまう、騎士の悲しい習性なのです…」

だが、やはり疲れていたのか、カイエンはまたすぐに眠ってしまった。



翌朝、朝食に出された胡瓜のサンドウィッチとコーヒーがやたら美味しかった。

カイエンが言うには「酒は飲まされたが、緊張で胃に何も入れてなかった」のだそうで、「お酒は入るのに、随分と不思議な胃腸ですのね」と言って、朝から二人して笑った。

その光景は、何年経っても覚えている。




✳︎ ✳︎ ✳︎





数年後、きゃんきゃんと四匹の仔犬が庭を駆け回っている。

その姿を、目を細めて見つめている母親となったタルトがいた。


「まさか、タルトが女の子だったとはなあ…」

「旦那様、それもう何回目ですか」

穏やかな日差しが差し込む午後、私たちは南の領地で思い出のウィークエンドに舌鼓を打っていた。


「お母様、これが思い出の味なんですか?」

「甘酸っぱくて、おいしいです」

「僕もこのケーキ、気に入りました」

口々に喋る三人の子どもたちは、家族旅行に私たちの思い出を辿りたいと言ってくれた。


「あ!シンディが僕のケーキ食べた!」

「あら、名前書いてあったかしら?」

良い性格をしている長女は多分私に似ている。


「イオ、僕の…半分こで食べよう」

「いいの?ありがとうニオ!」

双子の長男と次男はどことなくカイエンに似ていた。

「お父様!食べ終わったら稽古をつけてくださいね!」

双子は、将来父親のような騎士になるんだと意気込んでいる。


子どもがいる生活は想像もできないほど、慌ただしい。

でも、とても賑やかで幸せだ。

私が知らなかった幸せだ。


耳元でカイエンが囁く。

「若かった僕たちは、この光景を想像できたでしょうか」

「貴方のお陰です。何が欠けても今の私たちはいませんでした」

手の甲にくちづけされる。



カイエンの愛に包まれながら、いつまでも幸せの道を歩んでいこう。

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【連載版】婚約破棄されたので、月花の君に求婚すると言われても、今更遅い。 あずあず @nitroxtokyo

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