第41話 パルマとの別れ
その日、私はパルマの屋敷にいた。
彼女はその顔を隠すことなく、凛とした佇まいだ。
(…決して同情はしない)
墨で書いたような漆黒の文字は、露出している箇所を全て埋め尽くしている。
カップを持つ手を何気なく見ると、その指先までも侵食していた。
私は目に見えない部分が全て文字で覆われた。
彼女はその逆なのか、もしくは全身なのか…。
わざわざ聞くことはしないけれど、呪詛返しの恐ろしさを見た。
「何の御用です?」
「貴方がいなければ、私たちは助かりませんでした。御礼申し上げます」
「…正直申し上げますと、ロイド様に今回の計画を持ちかけられた時、思いましたの。計画に加担したら、良い様に利用された私はロイド様に殺されるし、失敗した時は斬首刑」
「まあ、そうなるでしょうね」
「しかも、計画を聞いてしまった以上、協力を断った場合も殺される確率は高い」
すっと紅茶を一口含む。
「私にとってどんな旨味があるというのでしょう。ロイド様は、まるで私がセレン様を虐めるのが生きがいだとでも言いたげですわ」
(違うのかしら…)
小首を傾げたくなる。
「…それに、私はロイド様と違って陰湿ですから。ああいう、直接足を動かすようなことは…つまらないですわ。本人も知らないうちに、というのが面白いんでしょうに」
悪女の精一杯の虚勢は、あの呪いのやり口を思わせた。
彼女は、一体どこで間違ってしまったのか。
長い沈黙の後、私はやっと重い口を開く。
「パルマ様は修道院へ行かれるのですって?」
「ええ。こんな文字だらけの女、誰も結婚したがらないでしょうし」
「でもそれは…」
「自業自得と言いたいんでしょう?…私は謝りませんわ、絶対に」
彼女は、強い決意の目で私を見る。
私はパルマに持ってきたものを差し出した。
「餞別です」
「これは…」
革があしらわれたバングルだ。
パルマはそれを手に取ると、ボソッと言った。
「気付いてらしたのね」
聞こえるか聞こえないかの声だったが、確かにそう言った。
彼女は口をキュッと結んで、私を見据えると唇まで侵食された文字が歪んだ。
「だから嫌いなのですよ、貴方のことが」
「お互い様ですわね」
「まあ、ありがたく頂戴しておきますわ」
そして、紅茶が飲み終わる頃
「それではごきげんよう、さようなら。二度と会うこともないでしょう。お送りして差し上げて」
手を挙げて侍女に言う。
こちらを見ることもなかった。
私はドレスの裾を広げてお辞儀をすると、何も言わずに立ち去った。
セレンが立ち去った後、パルマは日が差す窓辺で、バングルをはめた手を太陽に透かした。
「これがきっかけだった気がするわ…私の腕にはめる日が来るなんて…」
その後、パルマは修道女として生き、45歳で亡くなった。
息を引き取るときも、細く皺が寄った腕には肌身離さずつけていた黒ずんだバングルが嵌められていた。
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