第42話 外伝 1
クウマとサルバは、セレンの結婚式の後少しだけお茶をすることにした。
クウマは案外あっさりした考えの持ち主なので、元夫とお茶をするということに特別意味を持っていなかった。
「ロレッティ、考え直してくれたかい」【※ロレッティ=クウマの本名】
「なにをです」
「僕達がやり直すという話だよ」
手に持っていたカップを置いて、クウマは頭を下げた。
「お断りします」
「…修道院へ行くというのは本当かい?」
「ええ。私は法では裁けない罪を犯しましたから」
ふわっと風が起こる。
店員が窓を開けたみたいだ。
クウマはその風の香りを嗅ぐ。
「もう、すっかり春ですね」
綻ぶ蕾が、ぬるく柔らかな日差しが、穏やかな雲が、新しい生活を後押しする。
「僕は君を諦めたくない。諦められない…ロレッティ…」
「お店の中で泣かないでくださいませ」
サルバは、まるで捨てられた犬のような目をする。
「そんな顔をなさらないで。貴方の好きなミルフィーユ、私の分も食べていいですから」
「ほら、君だって僕への愛情が全然抜けきっていないじゃないか」
「ただ、ケーキを分けるだけで何を大袈裟な…おかしな旦那様」
「ほら、僕は君の中でまだ"旦那様"なのだよ」
「それは…」
にまにまと笑って、うんうんと頷いている。
なんと表情豊かな人だろう…とクウマは見入ってしまう。
「今から荷物をまとめたまえ。僕の屋敷へ運ぼう」
「随分と強引です。私は行くとは言ってません。ましてやヨリを戻すなんて…」
「なんだってそんなに罰を受けることにこだわるんだ」
「悪いことをすれば罰が下るのです。子どもでもわかることでしょう」
骨っぽい手でフォークを掴み、サクッとミルフィーユを切ると、クウマにひょいと食べさせた。
突然のことに、驚き困惑していたが、甘い味が広がってもぐもぐと食べてしまった。
「君が自ら望んですることは罰にならんからな。僕と暮らすのがそんなに嫌なら、僕とヨリを戻すことこそ罰だな」
「旦那様はずるい人です」
残ったミルフィーユをぱくぱくと平らげて、紅茶を啜るとサルバは言った。
「君の部屋はそのままにしてある。何も不自由はないだろう」
クウマが何も言えずにいると
「おや、食べないのなら僕が頂こう」
「食べる!食べます!」
久しぶりに甘味を食べているその顔を、頬杖をついて穏やかな笑顔で見守るサルバは、後できちんとプロポーズをしようと決めていた。
新調した指輪は彼女に合うだろうか、きっとサイズは変わっていないと思うけど…そんなことを考えると、胸の辺りがそわそわした。
ミルフィーユを食べ終わったクウマは言う。
「旦那様は私を甘やかすんでしょうね」
「当たり前じゃないか。君を甘やかすことが僕の生きがいなのだから」
どちらともなく席を立った二人は、店を出ると同じ馬車に乗り込んだ。
一陣の風が起こる。
春だ。
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