第40話 ロイドの最期

「証拠なら、あるぞ」


掲げられた水晶玉は、きゅるきゅると音を立て、墨を落とした水の様にもやが広がると、それが渦を巻いた。

やがて渦はぴたっと止まる。


「この水晶玉は、そこで起きたことを記録する。そこで起きた光景を見ることができる」

東洋の道具だ、と言った。



突然、水晶玉から人の声がした。

見ると、それは白いローブを被った

パルマだった。



『これを』

揺れる視界。水晶玉がカイエンに渡された様だ。

薄暗い牢の中ではあるが、はっきりと人々の顔が認識できた。

王太子が興味深そうに覗き込むと、美しいその顔が、近づきすぎたためか、ぐにゃんと歪む。

なるほど、これは水晶玉の視点で見えた景色だ。


『パルマ様…これは?』

『水晶玉ですわ。過去や未来を映し出す…東洋の占い道具なんだそうです』


よく分からないと言う顔のカイエンと王太子が交互に映る。

『王宮で国王陛下はじめ、皆さんが水晶玉を通して、ここの様子を見る事ができます。ロイド様に見つからない様に置いてください』

『どうして…貴方が?』

『罪滅ぼしなどではありませんので、勘違いなさらないでくださいませね。この部屋の鍵も開けておきます。折を見てセレン様を助けて差し上げてください』

ガチャガチャと音が鳴る。

『あなたは…ロイド様の味方ではないのですか?もし、この裏切りがバレたらパルマ様も危険なのでは?』


良く見えなかったが、パルマはふっと笑った様だった。

『なぜカイエン様が私の心配を?お人好しですのね。いらぬご心配を頂きどうもありがとうございます。誰の味方かなんてこの際どうでも良いですわ。私は私の味方ですから。ただ気に入らないのですよ、セレン様を誰かが虐めるのは』


そこへ、今まで黙ってことの成り行きを見ていた王太子の声がした。

『パルマ殿、勇気ある行動に感謝申し上げる』

パルマの返答はなく、遠のく足音だけが響いた。


『カイエン殿、もしここから出るのであれば、ロイドがここに来た時に襲いかかるのが良いと思うのだが…』

『同感です。僕達はここがどこも分からない…。幸い男二人です。こちらに武があるでしょう』

『ああ、ロイドはまさか鍵が開いているとは思わないだろうから油断しているところを襲おう。私もカイエン殿もロイド一人に拐われていることから考えて、奴一人、単独犯のはずだ』

回りくどく一人ずつ攫っていったのは効率が悪い様にも思えたが…もしかしたら相手の警戒心を解く策略なのかもしれなかった。

『まずはセレン殿の安全を確認する必要があるだろう。どうする、待てるか』

『僕も、闇雲に探し回るのは得策とは思えません。寧ろ、逃げ出したのがバレてセレン様に何かされる状況を避けねばならない。ですが…貴方様はこの国の王太子殿下です。せめて、王太子殿下だけでも逃げおおせて…』

『随分と見くびられたものだ。この国の民を犠牲にしてまで自分一人が生き延びるような男に見えるのかな?』

王太子は言いながら、部屋の机の様な場所に上着を脱いで乗せると、その上に水晶玉を置いたようだった。

『うん、礼服の飾りの一部に見えそうかな…この暗さなら誤魔化せるだろう。式典用の礼服は煌びやかだからね。しかし、本当に父上は見ているのかな…父上、私はこの通り無事です』

言うと、水晶玉に向かってヒラヒラと手を振った。


『大変、失礼致しました』

『よしてくれよ、君とはいい友になれそうだと思っているのだ。…さて、君は騎士だったね?』


カイエンは頷いて言う。

『ロイド様を挑発していただければ、僕は極力下がって距離を取りますから、勢いよく扉を開けてください。ロイド様を蹴り倒します』

『決まりだ。では、その前に君に作戦開始の合図を出そう』

と、その時カツンという足音が響く。

ゆらゆら揺れる灯りと、近づく二人分の足音。


『しまった。ロイドだけじゃないみたいだぞ』

王太子は言って息を顰める。

『想定外だ…どうする?』

『なんとか、しましょう…まずは相手の状況を見て…』


そこへ、私とロイドが現れた。

『セレン様!ご無事で…』

カイエンが駆け寄った。

『カイエン…様』

そこからは、先程目の前で体験した光景が繰り広げられた。


『僕の婚約者に触れるな!』

『やはり、貴方たちにはセレンを取り合ったことにして死んでもらおうかな。カイエン君に殺された王太子殿下と、自害し果てるカイエン君…。そして、婚約者が死んで傷心のセレン殿は僕と添い遂げる』

ロイドの悪行がしっかり収まっている。

『くだらない妄想に付き合う義理はない!』

ガシャン!!という音と共に扉が開け放たれ、争う声と無数の足音がこだまする。

やがて、それは少しずつ遠ざかっていった。




ロイドは兵たちに囚われてなお、噛みつきそうな勢いで言った。

「こんな…こんなもの、まやかしです!」


国王陛下は白くなった髭を撫でて言う。

「ロイドよ。ではなぜいなくなったノーマンがお前と一緒にいるんだ?」

「それは全て、このカイエンが!私はあくまで王太子殿下をお助けしたのです」

「ノーマン、そうなのか?」

「いいえ。ロイドは嘘をついています。僕やカイエン殿を攫い、セレン殿を脅したのは紛れもなくロイドです」

「だ、そうだが?」


ロイドは一向に罪を認めない。

「王太子殿下はいささか混乱されている様ですね…」

「では、お前はなぜセレンにナイフを突きつけていた?それは我々もはっきり見ている事実であるぞ。言い逃れできると思うな」

連れて行け、と低く言うと、ロイドは引きずられるように連行されていく。

その時、兵の一人が国王陛下の前に出て跪いた。

「恐れながら申し上げます。そこなるカイエン・ホワイトはロイド様より帝国の内通者という汚名を着せられ、先日解雇されました。彼は大変優秀な騎士です。誓ってその様なことは致しません」

「隊長…!」

汚れてよれよれになったカイエンは、隊長だという男性に清らかな眼差しを向けた。

彼にとって隊長が尊敬に値する人物である事が窺えた。


「どうか、カイエン・ホワイトを騎士として我が隊に戻して頂けませんでしょうか」

すると、次から次へと兵士達が出てきて跪いた。

「我々からもお願い申し上げます」


カイエンは目元を拭った。

隊長格の男性は続ける。

「誰からも慕われている彼がいないと厳しい任務の士気が下がります。これは、大変な痛手です」


そこへ、最後の援護射撃とばかりにノーマン王太子殿下が続いた。

「カイエンは私の友です。寛大なご判断をお願い申し上げます」

ただ驚いて目を見張るばかりだった国王陛下が慌てた。

「待て待て。事情は分かった。カイエン・ホワイトは騎士に戻すと誓おう。ロイドよ、貴様は優秀な若い芽を摘んだのか…呆れて物も言えんな」


ロイドはわあわあと喚いていたが、

「黙れ!貴様はまだ王族なのだぞ!らしくあらんか!」

国王陛下が一括すると、ロイドは大人しくなり、姿勢を正して兵士に連れられ去っていった。

その姿に王族の威厳を見た。




次の日、審判が下されロイドは王族位を剥奪。斬首刑が言い渡された。

誕生から遡ってその名が抹消された。

そして、その日の内に刑が執行された。


王族らしさを取り戻した様な最期だったという。

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