第39話 駆けつけた者
「やあ、お二人。居心地はいかがですか、仲良くなりましたか?」
ナイフを私に突きつけたまま、妙に高い声で勝ち誇った様に曰う。
牢の中の二人は同時にこちらを向いた。
「セレン様!ご無事で…」
カイエンはこちらに駆け寄った。
「カイエン…様」
光るナイフを見たカイエンは、ロイドの悪意に気づき、動きを止めた。
「良い心がけだね、カイエン君。君達の出方によって、セレン殿は二度と目を覚まさない深い眠りにつくことになる」
おや、と言ってロイドは私の髪を掴み、後ろに引っ張った。
「こんなところにもクリームがついているじゃあないか。愛しい人の前だ、僕が綺麗にしてやろう」
左の首筋をわざとゆっくり舐め上げられる。
「っ!!!」
私は辱めをカイエンに見られることが耐えられなくなり、涙が頬を伝った。
「そんなに泣くなよ。この男のなにがそんなに良くて、僕のなにがそんなに気に入らないのだ」
「では、もし私にまだあの文字があったら…それでも求婚したのですか?」
ロイドは目を丸くして、それから大声で笑った。
地下は声がよく響く。
「するわけないだろう。気色悪い。抱けないだろ、あんなのものがあったら」
「…カイエン様はそれでも私を求めてくださいましたわ」
「ふうん?だから僕よりカイエン君が良いって?つまらん理由だ。また泣かせたくなってしまうな」
そう言うと、首筋にくちづけされた。
「僕の婚約者に触れるな!」
思わず叫んだカイエンは眉間の皺を深くして、歯を食いしばり睨んだ。
そこへ、王太子殿下が歩み寄り、カイエンの耳元で何か囁く。
カイエンは息を荒くしながらも一歩下がった。
牢の中でもその威厳を一つも無くさない王太子は、一段低い声で言う。
「ロイド、これ以上罪を重ねるな。もうやめろ」
良く通る声だ。
「おや、王太子殿下。先ほどまでセレン殿を前に、極度に緊張していたからこそ連れ去る事ができましたが…。なんだか随分とまともになりましたな?」
「薄暗いからな。…ロイド、貴様がやったことは必ず明るみになる。今ならまだ間に合う、我々を解放し、父の前で全てを告白しろ」
「それは出来ない相談ですね、ノーマン王太子殿下」
ゆっくり発した言葉は、次に絶望を告げる。
「やはり、貴方たちにはセレンを取り合ったことにして死んでもらおうかな。カイエン君に殺された王太子殿下と、自害し果てるカイエン君…。そして、婚約者が死んで傷心のセレン殿は僕と添い遂げる」
ペラペラとよく喋る口は止まらない。
「これで僕の嫌いなものはいなくなるし、僕はセレンと結婚できるし大団円だ。拍手してもらいたい」
少しずつナイフの所在が疎かになる。
(何とか逃げられないかしら…)
こちらが女だと油断しているうちに、せめて助けを呼べたらーー
涙で濡れた瞳でカイエンを見ると、私以上に汚れた顔を曇らせてフラフラと二歩三歩と下がった。
王太子殿下はガシャンと牢を揺する。
「もう一度だけ言う、私たちを解放し、父上に罪を告白しろ」
「断る」
両手を上げておどけてみせる。
王太子殿下はキッとロイドを睨むと、その良く通る声で叫んだ。
「くだらない妄想に付き合う義理はない!」
大袈裟に揺さぶるだけだった手を扉にかける。
勢いよく扉が開かれた。
助走し、部屋から飛び出したカイエンはロイドめがけて飛び蹴りする。
しかし、ロイドはすんでのところで避けた。
私も、私を掴んでいたロイドも体勢が崩れる。
私は無我夢中でカイエンに手を伸ばす。
着地した姿勢から一気に立て直したカイエンも私に手を伸ばした。
あと少し、指先が触れたところで、ぐんっ!と後ろに引っ張られた。
「かはっ!!」
ぎゅうぎゅうと後ろに引っ張られていく。
首に回された腕。
私はその腕を抜けようともがく。
「ロイド!」
王太子も牢から出て、カイエンと共にじりじりと間合いを詰めてくる。
ロイドは私を掴んだまま、ゆっくりゆっくり後退する。
ナイフを頬に突き立てられた。
全員の息が乱れている。
誰一人として正常ではない。
ゆらゆらと揺れる影。
階段まで辿り着くと、一段ずつ確かめる様に後ろ向きに上がる。
うまく歩けず、ずるずると引っ張られていく。
私はもう、とうに靴が脱げ裸足になっていた。
何かが足に刺さる。
そのままぐいぐいと首を引っ張られ、明るいところに出た。
可能な限り瞳を動かす。
地下へ行く時に通った、荒れた裏庭の様な場所だ。
ニ対一では流石に武が悪いと思ったのだろう。
広い場所に出れば、最悪逃げることもできると踏んだか。
「セレンを殺すぞ、良いのか」
カイエンも王太子も間合いを詰めていたが、何かに気づくと、突然止まって階段の入り口を塞ぐ様に立った。
「何の真似だ?」
その時、拘束していた腕が解かれて私は前のめりに倒れ込んだ。
カイエンが駆け寄り、私を抱きすくめる。
見上げると、沢山の近衛兵がロイドを取り囲み、拘束していた。
「貴様らァ!!無礼だぞ!全員死刑だ!」
だが、兵たちがその手を緩めることはない。
やがて、無数の兵が左右に分かれると、皆が頭を垂れていく。
この国の王がこちらへと歩んできたからだ。
威厳という文字を背負っているかの様な威圧感。
更にその後ろから白いローブを取り払ったパルマが堂々と歩いてきた。
国王陛下は、私たちの前で歩みを止めると重たい声音で言う。
「無礼はどちらじゃ、ロイド」
「こ、これはこれは国王陛下!なに、何かの間違いです、このような…。そう、このカイエンという男が王太子殿下を拐かして…」
「…そうなのか?ノーマン」
国王陛下の問いかけに、王太子は少しも臆することなく答える。
「私は、ロイドに連れ去られ殺されそうになりました。このカイエン殿もまた被害者です。セレン殿に至ってはさらに酷い仕打ちを受けた様です」
「…だ、そうだが?」
「証拠!証拠がありません!私たちが四人でここにいたら何かいけないことでもありますか!?」
「証拠ならあるぞ」
言うと国王陛下は見覚えのある水晶玉を掲げた。
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