第33話 出会って良かった(カイエン視点)
セレンの元に行かなければならない。
彼女の父君もどんなに心配しているだろうと思うと、わかってはいるが体が動かなくなってしまう。
タルトがきゃんきゃんとベッドの周りを飛び跳ねる。
かしゃかしゃと爪が床を引っ掻く音がしきりに聞こえる。
それでも何も答えないでいると、やがて
「ウ〜〜〜」
と呻く声が聞こえる。
仕方なくベッドの外へ手を垂れると、袖を咥えて引っ張られた。
無理やり気怠い身体を起こす。
「なんだ、タルト。お散歩に行きたいのか?」
仔犬とは思えないような力でぐいぐい引っ張る。
長い逡巡の末、タルトに付き合うことを決めてベッドから降りた。
そして、タルトが向かった先はといえばウエストバーデン家だった。
そんな訳で、僕は今非常に気まずい中、紅茶を啜っている。
「今日は一雨来そうですわね」
セレン様がいよいよ天気の話をしだしたので、もう本題に入らなければなるまいと腹を括った。
「聞き及んでいると思いますが…」
「ロイド様による不当な解雇のことでしょうか?」
「ええ…なんでも帝国の内通者という汚名を着せられました」
「あら、本当ならば晒し首ですわね」
セレンは遠い目をする。
「そうならなかっただけありがたいと思って、静かに暮らしたいのです」
「分かっています。貴方ならそう言うでしょう」
セレンはふ、と穏やかに笑う。
「貴方の騎士としての誇りは、騎士でなくては成せないものですか?」
「…わかりません」
俯く僕を、セレンが後ろからそっと抱きしめた。
「力や刀で守れるもの、心の強さで守れるもの、権力やお金で守れるもの。世の中には手段が違えど目的を果たせることは多くありますわ」
その細い腕をそっと撫でる。
「まだ、見せていませんでしたね」
言ってセレンはドレスの裾を少しだけ捲る。
「え…?文字が…ない…?ストッキングを履かれているのではなく?素足ですか?」
「ええ。パルマ様が、呪詛返しにあって私の呪いは消えたようです」
僕はセレンをきつく抱きしめた。
「貴方を苦しめるものが消えて…良かった…」
「気づいていないかもしれませんが、呪いが消えたのも貴方が私を守った証です」
「僕はなにもしていません」
本当に、何もしていない。
何かしてやりたくても、できなかった無力さ。
しかし、セレンの瞳は僕の思考を全て読み取るかのように強い。
くすっと微笑む彼女。その笑みは、僕が今まで感じていた一切の翳りが消えている。
「貴方の強さは、人を前向きにさせる。それはとても難しいことです。普通の人にはできない。もし私がカイエン様と出会ってなければ、呪いは消えていませんでした」
「そう…でしょうか?」
「私は諦めていたのです。全てを。でも貴方が現れた」
セレンは強い視線を外さない。
「貴方に会えて良かった」
(ああ、僕はこの方に会えて、知らなかった自分を知った。初めての感情を教えてもらっている)
僕はもう溢れる気持ちを抑えられない。
セレンをきつく抱きしめた。
「セレン様、僕と出会ってくださってありがとうございます」
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