第34話 ロイドの求婚

すっきりと晴れたある日の午後、ロイドは意気揚々とウエストバーデン家を訪れた。


会うなり両手を広げたかと思うと丁寧なお辞儀をするロイドに怒りを覚えた。

極めて事務的に何人かの侍女がお茶とお茶菓子を出す。

侍女達はそれとなくドアの前で待機した。

私がチラッと侍女たちを見ると、一様に力強い目線が返ってきた。


(ありがたい…正直二人きりにはなりたくはない)


「それで、お話というのは何でしょうか?」

「改めて求婚をしようと参ったのだよ」

にこやかに言うロイドに、私は胸焼けを起こす。


「君、あの変な文字はこの前見た時にはすっかり消えていたじゃあないか。なら求婚するさ。分かるだろ?」

「ふふふ、ロイド様ったら。それをどこで見られたのかしら?婚約披露のパーティでしたわよね?」


(それも、その時はまだ消えてなくて、ストッキングで隠していただけよ)


「あの犬野郎…失礼、カイエン君はなんと帝国と内通していたのだよ。聞いていると思うが。もちろん破談にするんだろう?」

ロイドはまたしても、大袈裟に両手を広げる。

私の心は何も動かない。

「致しませんわ」

「なにぃ!?」

ロイドは素っ頓狂な声を出す。


(これが目的かしら?浅はかだわ)


「今、彼と結婚することはウエストバーデン家の名誉を失墜させると同義だぞ!」

「ではお伺いしますが」

ロイドはごくりと生唾を飲み込む。


「カイエン様は解雇されて、それでおしまいですか?なぜ取り調べを受けないのでしょう?」

「それは…彼は今まで良くやってくれたからね」


(ロイド様が私の肌を見て卒倒された時、カイエン様が随分と奔走したことかしら。本当にこの方は私情に左右されるのね)


ふ、と微かに笑う。

「何であれ、然るべき取り調べと申し開きの場を設けることをなさらないのは…なぜでしょう?」

静かに疑問をぶつけると、ロイドは顔を歪める。


(できないでしょう、証拠もないのだから。ありもしない嫌疑での取り調べが公になれば、帝国側にも問題視されるような事案だわ)


「このまま彼と添い遂げる気ならば正気を疑う」

「どうぞお疑いになってくださいませ」


ロイドは盛大にため息をつく。

「なぜだ?王族である私の妻に治まった方が何十倍も何百倍も幸せに決まっているだろう」


私は吹き出しそうになるのを必死で堪える。

価値観の押し付けだ。


(それは王族であること以外、何もないと言っているようなものじゃない)


「申し訳ありませんが、いくらロイド様であっても、私には婚約者がおりますから、ロイド様の求婚は受けかねます」

「ふん、ならば言い方を変えよう」

ロイドは唇を片方だけを吊り上げる。

「婚約を破棄し、私の妻になるならばカイエン君のことは不問に処す。それでどうかな?」

「お断りします」

私は笑ってしまいそうになるのを堪えて続ける。

「ロイド様、それはもうカイエン様の潔白を証明しているようなものですわ。本当に内通があったのならば、いくらロイド様とはいえ不問に処すことが果たして可能でしょうか?」

「なんだってあの男がそんなに良いんだ!」

「ロイド様こそ、なぜ私に拘るのですか?」

「私はね、一度見初めた女性は必ず手に入れてきたんだ。光栄に思い給え。君は私に求婚された唯一の女性だ」


だから何だと言うのだろう。

げんなりした。吐き気がする。


「お引き取りくださいませ」

堀の深いロイドの顔に、カッと怒りの表情が込み上げた。

「後悔するぞ」

人差し指を私に突き立てた。

そして、ロイドはツカツカとわざとらしい足音を立てて去っていった。






王太子の生誕祭の日にちが近づき、街中が何となく賑わっている。

ロイドは従兄弟にあたる王太子が大嫌いだ。

「何もかも…」

(気に食わない)

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