第32話 不当

レーラにりんごのコンポートを買った。

いつもお世話になっているから、誕生日くらいお祝いしたくて。

今から喜ぶ侍女の顔が浮かぶ。

瓶に付けてもらったピンク色のリボンが、気持ちを高揚させる。


ほこほこした気持ちで屋敷に戻ると、父が何やら青い顔をしている。


「お父様、どうかなさいましたか?」


ぶるぶると震えながら、私を見つめる。


「カイエン殿がな、どうやら解雇されたらしいのだ」

「そんな!まさか…どうして…」

と言ってハッとした。

まさかとは思うが…

「ロイド様ですか?」


しかし、父は返答を渋る。

「それは…分からんが…」


だが、これだけは言える。

「…不当な解雇です」

「あの青年に限って解雇事由に当たることをするとは思えんよ」

父はふぅと大きく息をついて、椅子に座る。

天を仰いで額に無骨な手を乗せた。


私は侍女に水を持ってくるように頼む。

「お父様、血圧が…」

「分かっておる。だが、自分ではどうにもできんのだ。暫く休むよ」

そう言って目を瞑った。



(カイエン様…)


こんな時、私はどうすれば良い?





✳︎ ✳︎ ✳︎





「非常に残念だよ、カイエン君」

その言葉とは裏腹に、口元は歪んでいた。

言うことだけ言って去っていったロイドに、仲間内は騒ついた。


隊員たちは口々に言い合う。

「カイエンが帝国と内通してるだなんて…そんなことあるはずないだろう…」

「それはそうだ。本当に内通者なら然るべき審議を持って審判を下されるべきだからな」

「カイエン、お前、こないだまで随分と目をかけられていたのに、ここのところ掌を返したように随分とロイド様に嫌われてたよな…」

「すまない、何かあったのかすぐに聞くべきだった。まさか、こんな…」

苦楽を共にして来た仲間にかける言葉は様々だった。


だが、もう僕は心底嫌になっていた。

辞めるなら辞めるで、どうでも良かった。

婚約式以降、騎士としての誇りも理想も、全てロイドに踏み躙られ続けていた。


ただ、一言

「今まで、ありがとうございました」


そう言って、僕は仲間達から去った。

これを機に少しだけ休むのも良いかも知れない。

だが、きちんとセレン様と今後について話し合わねばならないだろう。

それから、育ててくれた父と母にも。


「気が重いな…」

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