第31話 悲しい報せ

訃報が知らされたのは、屋敷に戻った翌日だった。



一瞬の目の前が真っ白になって、それでも必死に立っていたけれど、朦朧とする意識の中、最期まで私の名前を呼んでいたと聞いて、もう駄目だった。

「爺や…爺やが死んでしまったわ…」

私は信じられなくて、父に泣きついた。

「だって昨日私を送り出してくれたのですよ?」


父は私の肩を抱いた。


本人の遺言で、葬儀は家族のみで執り行うとのことだ。


「セレンに見られたくないんだろう。私もその気持ちは何となくだがわかるのだ。参列しないであげなさい」

父にそう言われて、また泣いた。


私たちが別邸を去って、さあ仕事に戻ろうと皆で話していたところ、突然胸の痛みを訴え、それから数時間で息を引き取ったとのことだった。


(花嫁姿なんか見せなければ、爺やはいつまでも元気だったのかしら?)


目に涙をいっぱい溜めた爺やを思い出す。


(でも、カイエン様が提案してくださらなければ、花嫁姿を見せる約束は果たせなかったわ)


堂々巡りにそんなことを考えてしまう日々が続いた。


どこに行く気も失せ、数日間部屋に籠った。


「お嬢様、お茶会や夜会のお誘いのお手紙が溜まっておりますが、どうなさいますか?」

レーラはお茶を準備しつつ聞く。

「そうね」

気遣ってくれる目の前の侍女にも、そっけない返答しかできなかった。


紅茶の香りに誘われて、一口含む。

数日間食事が喉を通らなかったので、空腹に飲んだお茶は気分を悪くさせた。


口元を抑えると、レーラが砂糖菓子と水を運んでくれた。


(そういえば、爺やと良く砂糖菓子を食べたっけ)

なんだかとっても懐かしいお菓子が欲しくなって、砂糖菓子を口に含む。



ほろ、しゅわ



(甘い)


私はただはらはらと涙を流した。





腫れた目元を冷たいハンカチで冷やしながら、窓辺に飾られた花を人差し指で軽く触れて、ため息をついた。


「お嬢様、カイエン様がいらっしゃいました」


もう紅茶を飲む気力すらなくなった私は、一旦断ろうかと思ったが、爺やの訃報を伝えていないことに気づいてカイエンに会うことにした。


応接間に通されたカイエンが私を見て驚く。

「どうなさったのですか…セレン様…そんなにやつれてしまわれて…」

そう言って跪き、私の両手はカイエンの大きな手に包み込まれた。


そして、目を閉じて告げる、自分でも信じられない言葉。

その悲しい現実にカイエンも一瞬理解ができないと言う表情をした。


カイエンは一言

「残念です。心よりご冥福をお祈りします」

と呟いた。


包み込んだ手をぎゅっと握られ、透き通る瞳に見つめられる

「もし、お嫌でなければ、庭を歩きませんか?タルトを連れて来ています」

その気遣いに、こくりと頷き、実に十日ぶりに太陽の下を歩いた。


久しぶりに会った仔犬は少し大きくなっていた。

暑いのか、忙しなく呼吸をしている。

キラキラと私を見つめる潤んだ瞳が愛しくて、そっと顎の下を撫でる。

心地よい毛並みにうっとりしてしまう。


「僕は思うのですよ」

カイエンは屈んでタルトを抱き上げて、私にひょいと渡した。

「残された者は、亡くなった方のいない時間をこの先生きていく。世界は残酷です」

タルトは、すり、と頬に顔をこすりつけてくる。

「しかし、その時は確実に僕たちにやってくる。抵抗することは絶対にできません」

私は目を瞑り、ふわふわの毛を撫でる。

「だから、大切な人には惜しみなく愛を注ぐのです。有限を生きる僕たちにできる、ささやかな証明はそれです」

私は閉じていた目を開き、じっとカイエンを見つめた。

「愛する人が確かに生きていたという証明です」

ぽろっと涙が溢れたのが分かる。

くぅんという鳴き声。

「その涙も、愛する人がいたという証明です」

涙はとめどなく溢れ出し、自分でもどうにもできない。

カイエンは私の髪を撫でる。

「泣いてもいいのですよ」

そっと広い胸に頭を預けた。

小鳥を触れるかのように優しく抱きしめられる。


カイエンが素直に愛情表現してくれるのは、母親を目の前で殺された故の死生観なのかもしれない。


ひとしきり泣いて頬を拭うと、タルトが私の頬を舐めた。

「おい!タルト!ずるいぞ」


ん?


「ずるい?ずるいとは…?」

カイエンは顔を真っ赤にして、ゲフンゲフンと咳をする。

「いえ!そんな変な意味じゃありませんよ!」


なんだか可笑しくて、ふふ、と微笑む。

それを見て、カイエンは表情を緩めた。


「…セレン様、甘味を食べに行きますか?美味しいクレープのお店を知っています」


今日はカイエンの優しさに、めいっぱい甘えることに決める。

「良いですね、行きましょう」

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