第28話 パルマとセレン

「今日はウエストバーデン子爵の元へ行くのだが、パルマも付いてくるかい?パルマより少しだけお姉さんのお嬢様がいらっしゃるよ」



7つだった私は、父に連れられて、初めてセレンに会った。

会うなり、父とウエストバーデン子爵は何やら小難しい話を始めた。

子爵に紹介された、やたらと綺麗な顔立ちのセレン。

綺麗な人と話すのは緊張するから、早く帰りたかったのが本音だった。



「パルマ様はお花の香りがするお茶を飲んだことがありまして?」

と言って、東家でハーブティーを勧められた。

初めて口にする味だったけれど、はちみつを沢山入れて飲んだお洒落な飲み物に、お姉さん気分になる。


(綺麗な人は体に入れるものも美しいんだな)

と思った。


その日を境に、父に無理を言ってハーブティーとはちみつを仕入れてもらうようになった。


次に訪ねた時は、あまり会いたくない気持ちもあった。

しかし、

(セレン様は私のことをどう思っているのだろう)

と気になってしまい、そう思い始めると止まらなくなって、結局ウエストバーデン子爵との打ち合わせに行く父と共に再訪した。


「セレン様、わたくしもハーブティーを飲んでおりますの!」

と前のめりで言うと、わずかに固まったセレンは、こほんと咳払いをした。

その時袖が捲れて、金のバングルが覗いた。

そのバングルには皮が巻いてあり、革に何やら装飾が施されていて子どもの目から見ても凝ったデザインだなと思った。


「セレン様、それ…」

「ああ、このバングルはお父様から頂いたもので、北の領地へ出張に行った際のお土産なのです」


(なるほど、美しい人は持っているものにもこだわりがある)


その日の帰りがけ、父にどうしても同じものが欲しいと散々駄々を捏ねた。

そうは言っても、なかなか同じものを手に入れるのは難しく、似た様な金のバングルを買ってもらった。


(ただの金のバングルじゃダメなのに…)


父のクローゼットから、もう使っていない鞄を取り出してハサミで切る。

ものすごく硬くて手が痛くなったけれど、小一時間格闘して、なんとか小さく切り出した。

だが、どうやって貼るのだろう。

うーんと暫く考えてノリやテープでバングルに貼り付けた。


「できた!」

不恰好だけれど、同じような見た目にはなったと思う。

でも、鞄を戻さずにそのままにしていたので次の日両親からとても怒られた。

金のバングルに革をくっつけたことは内緒だった。



お出かけの時にはいつも金のバングルをつけて出かけた。

時々剥がれてくるので、テープで何度も補強した。


その日は従兄弟に会いに行ったのだが、その帰り道で洋菓子店から出てくるセレンと偶然鉢合わせた。


「あら、パルマ様。奇遇ですわね」

そう言ってセレンは綺麗なカーテシーで挨拶したので、私も慌ててドレスの裾を広げた、その時ー

私の袖口から何かが落ちた。

セレンはひょいと拾い上げる。

「あら?何か落ちましたわ…これは…」

テープとノリがくっついた、ガタガタに切られた革。

セレンはそれを不思議そうにまじまじと見た。

途端に恥ずかしくなってセレンからそれを取り上げた。

「パルマ様…」

「ご、ごきげんよう!」


私はすぐさま馬車に戻る。

どきどきしてとても怖かった。


それからも、ウエストバーデン家との商談があれば度々父と共に来訪した。

セレンはあのへんてこな革について何も聞かなかった。


なぜだか、負けた気がする。


セレンと会うようになって3ヶ月が過ぎた頃、セレンは大人が被るようなツバの広い帽子を被っていた。

それがとてもお洒落に見えて、帰り際父にどうしてもとねだって似たようなものを買った。


次にセレンと会った時、その帽子を被って行った。

その時セレンは髪をショートに切っていた。

「お転婆をして、誤って髪を一房切ってしまったのがちぐはぐで、切り揃えたのですわ」

と言っていたが、なんだかとても斬新だった。

父にお願いしたけれど、それだけは絶対にダメだと言うので、母にもお願いしたがやっぱりダメだった。


だから、自分で切った。


屋敷中大騒ぎだったけれど私は満足だった。

結局、綺麗に切り揃えてもらった髪でセレンに会いに行くと、セレンの顔は青ざめた。


それから、父と一緒にウエストバーデン家を訪れても、セレンは私に会わなくなった。

ウエストバーデン子爵は、

「娘は今少し忙しくしていてね、すまないね」

と言っていたが、時折セレンが開くお茶会に私を呼ばないことが増えた。


(私だってセレン様だけが友達なわけではないわよ。他にだってお友達は沢山いるもの)


お茶会の招待状の束から適当に参加を決めた、とある令嬢のお茶会に出向いた時だった。


「知っている?よく当たる占い師がいるんですって」


少しだけお姉さんの人達が何やら面白い話をしていたので聞き耳を立てた。


「なんでも恋占いは百発百中らしいですわよ」

「そこでは、おまじないもしているらしいわ」

「どんなおまじないですの?」

「恋に効くまじないから、呪いの類まで何でもやってくれるのですって」

「なんだか、少し怖いですわ」


(おまじない…面白そう)


ほんの少しだけ、興味を持った。



「そこはね、『クウマの館』というのよ」



私は帰り道、噂の占い師の店に寄ってみた。

クウマと名乗る女性は特徴的で美しい顔立ちをしている。

その神秘的な雰囲気にどんどん飲まれていった。


「あなたは、お友達のことで悩んでいらっしゃるのね」


ピクリと反応する。

何も言っていないのに、なぜ分かるのだろう。

クウマと名乗る占い師は続けた。

「あなたは、そのお友達のことを特別に思っているけれど、そのことを認めたくないのですね?なぜなら、お友達はあなたを特別に思っていない事に…あなた自身がなんとなく気づいているから」


眩暈がした。

聞きたくない、認めたくない言葉だ。


そして、私は口にする。きっと、本当の望みを。

「私がそのお友達の特別になるにはどうすれば良いですか?」

「それは無理です。そのお友達はある意味、世界と自分自身に線を引いているような方ですから」

「まじないは…?」

「は?」

「できるんでしょう!?私が特別になるまじないを…してよ!」

私は声を荒らげた。


「貴方のように幼い方がなぜ、呪いなど必要とするのです」

クウマは淡々と言う。


その日は、まじないを断られてしまった。


(諦められない)


私は懲りずに時間があればクウマの元に通って懇願した。

「お金はいくらでも払うから」

とお願いしたこともあった。


そして、私が8つになった時クウマがようやく首を縦に振った。


ただ、その何ヶ月もの時間の中で、私に心境の変化があった。



クウマの失敗は二つ。

一つ目は、私がクウマの館に初めて来た時に、まじないを断った事。


そして、

二つ目は一年が経って、呪いの依頼を受けた事。

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