第27話 婚約パーティにて


カイエンと同じ色に合わせたペールブルーのドレス。

そのドレスが映えるように、黄色いミモザの花を会場の所々に飾った。


ミモザの花言葉は『感謝』そして『友情』ーー




さあ、婚約パーティが始まる。





「本日はお招き頂きありがとうございます。セレン様、ご婚約おめでとうございます」

「サルバ・トランティーノ伯爵、お越しくださりありがとうございます」

「お父君はどちらに?」

伯爵が見回すと、すぐに奥にいた父と目が合い、父はすぐさまこちらに向かってきた。


「ウエストバーデン子爵!」

「トランティーノ伯爵!」

二人はがっしりと握手を交わす。

父とは10歳ほど歳が離れているはずだが、伯爵とはとても仲が良いと聞いていた。

なぜここまで仲が良いのかは聞いたことがないけれど、若い頃から親しかったと言っていた。


父と伯爵が話に花を咲かせる。

私はちょうど挨拶を終えたカイエンが視線を寄越しているのに気がつき、歩み寄った。


「セレン様、遠くで見ても近くで見ても本当にお美しい。挨拶に集中出来ないくらいです。皆に美しい貴方を見てほしい気持ちと、閉じ込めておきたい気持ちが拮抗しております」

耳元で囁かれる。

「カイエン様も素敵ですわ…」

少し顔の赤いカイエンに可愛いと思ってしまったのは秘密だ。


「ホワイト侯爵夫妻…カイエン様のお父様とお母様は薔薇園へお招きしました。侯爵夫人は薔薇がお好きで、我が家の薔薇園を見てみたいと」

「ありがとうございます。母も喜ぶと思います。何より、父も母も今日のよき日を楽しみにしておりましたから」


婚約のご挨拶に伺った折、夫妻には涙ながらに喜ばれたが、特にホワイト夫人の喜びようは本当の母親以上に感じられた。


(私もお母様が生きていらしたら、あのように喜んでくださったのかしら…)

少しだけ胸の奥に切ない波が押し寄せる。


初めてホワイト侯爵夫妻にお会いした時のことを思い出す。

血は繋がっていないのに、纏う雰囲気はカイエンのそれだった。

そして、私は肌に記された呪いまで夫妻に明かしたが、その反応もまた、カイエンと同じものだった。


(私にこのような愛情を向けられて良いものかしら)


時には涙を流し、時には励まし私たちの話を聞いてくれた。


(夫妻の愛情は、カイエン様あってのもの。信頼はこれから私が築いていかなければならないわ)


「兄夫妻もそろそろ到着する頃でしょう」

「お兄様には、まだお会いしたことがないので少し緊張します」

カイエンはサラッと私の髪を撫でる。


そこここで、ため息が漏れる音が聞こえる。


「カイエン様、人前ですから…」

パッと離れようとするのと、腰を引き寄せられた。

「私たちの婚約披露の場なのですから、見せつけましょう」

私はカイエンの微笑みで蕩けそうになってしまう。


そこに割って入るように挨拶に来た人物がいた。


「セレン様、お招きありがとうございます」

「パルマ様。本日はお越しくださり誠にありがとうございます」

「このお方がお相手の…」

パルマは値踏みするようにカイエンを見た。


「パルマ・ロセッティ男爵令嬢とお見受けします。カイエン・ホワイトと申します」


パルマが惚れっぽいことは知っていたが…

(婚約を披露している、その相手に顔を赤くしないで頂きたいわね…)


「セレン様はおモテになるのね」

「パルマ様…失礼ですが…」

「お二人は、いつまでもつかしら」

では、と言ってはけていった。


「…何なのですか、あの失礼な人は…」

「ニール公爵と破談になったのでしょう。彼女、失礼に拍車が掛かっていますわ…」


二人でふぅとため息を吐く。

カイエンはすごいものを見たという表情だった。

そこへ、

「セレン殿、カイエン殿、本日はお招き頂きありがとうございます。そして、ご婚約、誠におめでとうございます」


ーーロイドだ。


「本日は私どものためにお越しくださり誠にありがとうございます」


あの事件の後、カイエンはその事後処理が評価されーー本当は卒倒したロイドを秘密裏に運び出し、全てを良いようにしたーーカイエンは、ロイドに何かと目をかけられたらしい。

カイエンの婚約が決まり、ぜひパーティに出席するなどと意気込んだものの、相手が私だと聞いて

「お前、あの時の犬野郎か」と言われたそうだ。

ロイドとカイエンが我が家で鉢合わせた時、カイエンはお辞儀の姿勢を崩さなかったが故に今まで気づかなかったのか、王族とはいえ何とも人を馬鹿にしている。

招待したものの、本音を言えば来て欲しくはなかったのである。

だが、来ると言われた手前、呼ばない訳にもいかぬだろう。


「セレン殿の美しさに皆が惚れ惚れしておりますよ」


私はにこやかに笑顔を作りながらも(早く退散してくれないかしら)と思っていた。

しかし、今日は父やホワイト侯爵夫妻の顔もある。


(耐えねば)


「ロイド殿下、本日はウエストバーデン領が誇る至高のワインも準備しております。召し上がられましたか?」

カイエンはそれとなく私からロイドを遠ざけようとしてくれた。

「それはぜひ頂きたい」

ロイドはにこやかに踵を返したので、私はホッとした。

しかしーー

「そうそう、カイエン殿」

ロイドはゆっくりと振り向いた。

「もう見たのか?彼女の足は。あれは二目と見れたものじゃない。知ってて婚約したのか?知らなければきちんと知っておいた方が良いだろう」

ああ、成る程と言ってからロイドは続ける。

「カイエン殿はそういうご趣味なのか。今日は、見せ物のようにセレン殿の御御足を披露する場なのかな」

はっはっはと品なく笑った。


なんだなんだ、と騒つく場内。


「ロイド殿下!お会いしとうございました」

パルマがロイドの登場に駆け寄った。


(ややこしくなるからやめて…)


私の願いも虚しく、二人で話し始めた。

「パルマ殿。今日も一段と素敵です」

言って手の甲にくちづけたので、「まあ」などとつまらない反応を聞いてしまい私は自分の耳を取りたくなった。


「パルマ殿はセレン殿と仲が良いだろう?セレン殿の足を見たことがあるかい?」

パルマはぴくっと反応した。

「いいえ。何かありまして?」

「実はな…」

ロイドはパルマに耳打ちした。

その様子を見て、カイエンが怒りに震える。

「ロイド殿下…」

しかし、その呼びかけに、目線でロイドはカイエンを制した。

私は俯き、唇を噛む。


うんうんとパルマはわざとらしく頷いて見せる。

そして、一際大きな声で言う。

「ええー!信じられないですわ!そんなことが!?」

「それがそうなのだよ…この目で見たのですから」

「でもなぜ、ロイド様はそのことをご存知なのですか?」

「いつだって男女の仲がどうなるかなんて誰にも分からないことだからです」

「でも、セレン様はカイエン様と婚約したのですよね」


なんだ、この二人は。

私は足元が崩れていくような感覚にとらわれた。

あまりにも…あまりにも

「ロイド殿下、パルマ様、このような場で、あまりにも無礼ではありませんか?」


場内の騒めきは一際大きなものとなる。


「いい機会だわ」とボソッと言って、パルマはワインを私のドレスにかけた。


「あら!ごめんなさい!こぼしてしまいましたわ!今日という、よき日のドレスが…大変…」

と言って、私のドレスの裾をわざと掴んだ。

「ですわ、よ…?」

しん、と静まる場内。


「ない…ないわ…呪いの文字が書いてない!」

パルマは困惑して、しゃがみ込み私の足をさらに覗こうとした。

「パルマ様!失礼ですよ!このような…!」

私はぱっと身をひいた。

カイエンが私とパルマの間に入る。

パルマは尚も私のドレスを捲ろうと必死だ。

カイエンがパルマを引き離してくれた。


「ご自分が何をされているか分かっているのですか!無礼ですよ!」

「なんで書いてないのよ…!あの呪い師、インチキをやったのね!?」


私は目を閉じる。

ーーなるほど、パルマの依頼だったのか。

そこまで嫌われていた。


そう気づいた途端、パルマの顔にじわっとインクのようなものが滲んだ。

それは腕に首にどんどんと広がってゆく。


「あ、あ、なに、なにこれぇ」

パルマは両手のひらを見て、腕を見て胸を見て、ゴシゴシと擦り出した。

「消えない!消えない!」


そこここから、悲鳴が上がる。

パルマは呆然として、きょろきょろと辺りを見渡す。

最後と思われる字が完成した時、パルマは絶叫し、喚き散らしながら走り去っていった。


「…呪詛返し…」

カイエンがぽつりとつぶやいた。

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