第16話 その意味とは。
「この文字によってお前の美しい時を奪う。盛りが過ぎれば寿命を奪う。そして奪った時がこの口に注がれる。死が肉体と魂を分つまで永遠の苦しみの中にいるようにお前を呪う。死する時、一匹の黒い龍がお前の魂を食す」
ーなるほど、この呪いをかけた人は、取り敢えず私が大嫌いなのね。
美しさを奪うというより心を壊そうとしている様に感じる。
カイエンを見ると、口を真一文字に結んで微かに震えている。
怒っているのか恐ろしいのか。
(ああ、そうだわ、この人は怖がりだもの)
「…クウマさん、つまり私はこれから長くは生きられないし、死んだら魂をも消滅する呪いだというのですね?」
「仰る通りでございます」
「…私は、貴方のことは糾弾しません」
きっぱり言うと、アリエナとカイエンは驚き私を見つめた。
やや遅れて俯いていたクウマが私を恐る恐る見た。
「ですが、私が貴方を許すことはないでしょう」
クウマは頷き、微かにため息をついた。なにか言いかけたが、やがて口を噤んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
カイエンがクレープの美味しいお店があると言うので、連れていってもらうと、それはクウマの館から目と鼻の先の店だった。
窓辺からクウマの館がよく見える。
街並みに溶け込む東洋の店。
カイエンは努めて普段通りだった。
「ここのお店はカスタードクレープがおすすめで…」
無理をして、言葉を振り絞っている気がする。
カイエンの瞳が揺れている。
「カイエン様は本当に…」
「…え?」
「いえ、甘味のお店にお詳しいんですね」
と言うと、ふと笑って言った。
「僕は、貴方が喜ぶと嬉しいのです。だから、仲間やその奥様におすすめのお店を聞いて、休憩時間にリサーチしたり…」
と、空な瞳で言った。
「まあ!そうなんですの!?」
「あれ!?僕…その、すみません!そんなこと言うつもりじゃなくて………申し訳ありません。ボーッとしていて…」
言って頭を掻いた。
私は無言で微笑み、紅茶に二つ砂糖を落とした。
「珍しいですね…セレン様が紅茶にお砂糖を入れるなんて…」
私は甘くなった紅茶をすっと口に含んだ。
「同じですよ、私も。……ぼーっとしていて。甘いお茶が飲みたくなりました。どうもあの香りが鼻について……」
「…あの独特な香りは、東洋のものでしょうか。少しだけ、苦手です」
「そうですか…」
カイエンとの間に今まで感じたことのない重い沈黙が流れた。
窓の外、クウマの館を見ていると
「…イチゴ…」
「え?」
「好きですよね、イチゴ。僕の、一つあげます」
「まあ!どうしてですか?」
「いらないなら、食べます」
「あ!好きです!食べます!」
と慌てて言って、ハッとした。
恥ずかしい…
「私ったら、ごめんなさい。意地汚く…」
チラッと見ると、カイエンはにこにこ笑っている。
「その小さなお口を開けてください。レディ」
と言って、フォークに刺したイチゴを目の前に差し出す。
「なんてこと…自分で食べられます…」
ぷんとそっぽを向いた。
でも…目の前のイチゴは微動だにせず、瑞々しい光沢をきらきらさせるばかりだ。
「ほら、早く食べないと。逃げますよ、イチゴが」
「逃げるかしら?足が生えて?」
「僕の口にです」
と言ってカイエンは咳払いした。
その姿が微笑ましく、意を決してパクッと口に含んだ。
(悔しいけど、おいしい…)
じわっと広がる甘味と、酸味。
にこにこ顔のカイエンは少しだけ真顔に戻る。
「僕は貴方を失いたくない」
「ありがとうございます。私もただで命を投げ出すつもりはありませんわ」
「僕は、あのクウマという女性をどうにかしてしまいそうになった…。でも…」
私の手を握る。カイエンの手は怖がりとは思えないほど、ごつごつしている。骨っぽい男性の長い指だ。
綺麗に整えられた爪に対照的な稽古によるマメ…それが不思議と美しいと思った。
「セレン様が、そんな僕を諌めてくれた」
「それは…買い被りすぎですわ」
「貴方の射抜く様な視線が、凛とした所作がいつだって僕をそうさせるのです」
カイエンは私の手の甲に口づけした。
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