第15話 店主、クウマ
『クウマの館』
と書かれた看板が見える。
占星術、姓名診断、お守りと書かれていて、ショーウィンドウに女性が好みそうな水晶のアクセサリーなどが飾ってあるのが見えた。
扉を開けると高い音でドアベルが鳴った。
ふわっと独特の香りがする。
スパイシーなようでいて、どこか甘い香りだ。
(シナモン…ともちょっと違う)
奥から黒い紫のワンピースを着た小柄な女性が出てきた。
「いらっしゃい…あら?今日はお連れ様も一緒なの?」
「はい!こちらは私がお支えしている、セレン様とご友人のカイエン様です」
アリエナは慣れた様子で私たちを紹介した。
私とカイエンはお辞儀をする。
「この様な小さな店にご来店頂きありがとうございます。店主のクウマと申します」
と言って小柄な女性は頭を下げた。
聞けばクウマはお祖父さんが東洋系なのだという。
黒い髪に黒い瞳が印象的でミステリアスな女性だった。歳の頃は私と同じか、少し下かも知れなかった。
「まだお若いのにお店を持っているなんて、とても立派ですわ」
というとクウマは目をぱちくりさせる。
「若く見られるんですけど…お恥ずかしながら、もうすぐ30なんですよ…」
と言ってクウマは頬を掻いた。
アリエナは知っていた様だが、私とカイエンは驚愕した。
シワやシミはひとつもなく、きめの整った艶のある肌。なによりも、目の輝きが若い娘のそれだ。
「アリエナのご主人様はとても気さくな方なんだね。貴族というのはみんな堅苦しいものだと思っていたよ」
というと、クウマは初めて笑顔を見せた。
その笑顔の向こうに煙が燻っているのが見える。
なるほど、匂いの正体は香だ。
店の雰囲気と相まって、香りが神秘的な空間を演出している。
「今日はどんなものをお求めですか?カップルで占いもできますよ」
クウマがそう言って席に座る様薦めると、カイエンは赤い顔をして咳払いをして言った。
「単刀直入に聞くが、身体に文字が浮き出る呪いの様なものはあるだろうか?」
「……」
ヘーゼルの瞳は驚き戸惑い、口籠るクウマを見た。
「なぜ、そんなことを聞くのでしょうか?」
クウマの動揺は明らかだった。
「私の肌に東洋の"カンジ"というものが浮き出ているのです。肌が露出していないところはほとんど書かれていますわ。7年ほど前に突然現れたのです」
私がそう言うと、アリエナが続けた。
「お嬢様を以前説得してここに連れてこようとしたのですけれども、その時は屋敷に篭られて外に出ようとなさらなかったのです。少しずつ前向きに考えて下さる様になって、今日ここにお連れしました。クウマさん、どうか見ていただないでしょうか?」
アリエナが一生懸命に頭を下げる姿を見て、少し胸がギュッとした。
「貴方はセレン…セレン・ウエストバーデン…様、なのですね?」
クウマは俯いたまま、口を結んだ。
嫌な沈黙が店内を支配する。
暫くして、決心した様に話し始めた。
「アリエナさんがお支えしていたのは、ウエストバーデン家だったんですね…」
「え?えっと…」
アリエナはハテナがいっぱい浮かんだ顔で後ずさった。
カイエンは狼狽の顔で言う。
「クウマさん、あなたは一体…」
「私はこれ以上言うことが叶いません。"呪詛返し"にあってしまうからです」
「呪詛…返し?」
誰ともなく聞き返した声が重くこだまする。
クウマは僅かに頷いて言った。
「呪詛、つまり呪いが跳ね返るという意味です。呪った相手に自分の名前を知られてはいけない。呪いが返ってくるからです。そして、私はご依頼があれば、貴族から呪いを請け負うこともあります。この意味は分かりますね?」
「つまり…お嬢様の呪いはクウマさんが…?」
アリエナは信じられないという顔で青ざめる。
「お答えしかねます。そして、ご依頼者様の名前を明かすこともできません。因みに私の名前は本名ではありません。お教えできる範囲のことはお伝えしました。これが私の精一杯の誠意です」
クウマが淡々と話した内容に、血の気が引いて倒れ込みそうになる。
私はぐっと足に力をこめて踏み留まった。
「大丈夫、貴方のご事情は分かりましたから、警戒しないでください」
「お嬢様!」「セレン様!?」
私は二人を手で制した。
(今、この方を責めるのは得策ではない)
「クウマさんにお願いが三つあります。聞いていただけますか?」
「できることならば」
「一つ目は、可能な限り私の身体に書かれた文字を教えてほしいのです」
「分かりました」
「二つ目は、この呪いの効力は今後どのように影響してくるのか教えください」
「…なんと、そこまでお気づきですか。できる限りお教えしましょう」
「そして、三つ目は、貴方のご職業に口を出すのは烏滸がましいけれど、できることなら誰かの呪いを請け負う様なこと、今後は控えたほうがよろしいわ。…貴方にとっても」
「善処します」
クウマは目を閉じて、一つ息を吐いた。
目の輝きは失われ、その代わりに微かに疲労の色が宿っている。
やがて、カーテンが引かれた奥の部屋へ進むよう促された。
カイエンもついて行こうとしたところでクウマに止められる。
俄に二人の間に緊張が走ったがクウマが説明した。
「一つ目のセレン様のお願い…肌を露出しなければ文字が見れないですから。殿方はこちらでお待ちください」
と言われて、カイエンは大人しく従った。
だが、カイエンの目はクウマに敵意剥き出しといった様子だ。
アリエナに手伝ってもらいながら、クウマに文字を写してもらう。
(よくあの画数を、すらすら書けるものね)
と何となく感心してしまう。
難しい文字を書く手の所作は、とても美しかった。
やがて、作業を終えるとカイエンの待つ店舗内へ戻った。
椅子があるのだから座っていればよかったものを、腕を組みながらウロウロしていたらしい。
カイエンの額にうっすら青筋が見えた。
にっこり笑って落ち着く様に目で訴えと、目を逸らされてしまった。
「文字の意味を書いた書面です」
クウマはそっと紙を広げた。
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