第14話 カンジとは
アリエナという侍女は、東洋の文化が好きなのだという。
少し話を聞きたいと言ったらアリエナは目を輝かせた。
「小さい頃見た、リホン国の陶磁の壺が忘れられなくて色々調べていたら、すっかりハマってしまったのですよ!」
金縁眼鏡を上げて、キリッと言った。
銀髪がとても美しい彼女は、私の黒髪をいつも羨ましいと言ってくれる。
「なるほど。アリエナ、僕はあまり東洋のことは詳しくないのだが、"カンジ"と断言できたのはなぜだろうか?」
カイエンが聞くと、糸で閉じた本を一冊出してきた。
「これが、"カンジ"です」
ばら、と適当なページを開いて見せられた。
私たちは広げられた本を覗き込んで、固唾を飲んだ。
「本当だわ…似ているわね…例えば、この字なんか膝あたりにあるものと一緒だと思う」
なんと読むのかは分からないが、「地」という文字。
「こんなに沢山の文字があるのねえ。それにとっても複雑だわ…お手紙を書いていたら日が暮れてしまいそうよ…この様な文字を駆使しているなんて、東洋の方はすごいわね」
その言葉に、アリエナはパッと明るくなる。
「そうなのです!アルファベットはたかだか26文字、小文字を合わせたって51文字ですけれど、漢字は何万文字も種類があるのですよ!」
「それは……」
果たしてそんなに覚えることは可能なのだろうか?
思って頭がくらくらした。
どうやってやり取りしているのだろうか…本気で謎である。
「では、アリエナも私の身体に書いてある文字は分からない?」
「全部はさすがに…」
と言って頭を掻いた。
白いエプロンのポケットから、紙とペンを出してサラサラと書いた。
"口""食""龍""一"そして"呪"と書いた。
やはり、一文字一文字書く時間はアルファベットのそれとは比べ物にならないくらい長い。
「でも、この文字は分かります」
と言ってそれぞれの意味を教えてくれた。
「口は足に、食と龍はお腹に、一と呪は太ももね」
「ドラゴンは難しいのに良く知っていたものだなあ」
「かっこいいじゃないですか、一番好きなのです」
と言ってアリエナは照れた。
それにしても…
「呪うって書いてあるのね。充分呪ってるじゃない、可笑しいわ」
くすくすと笑っていると目の前の二人が、なぜ笑っているのかと言う顔をしたので、例えばと前置きして続けた。
「字が書かれて終わりなのではなく、この字を書かれた対象者が呪われる様に書かれたのだとしたら?」
「つまり、字自体が呪いなのではなく、貴方にこれから呪いが降り注ぐと?」
私は努めて冷静に頷いた。
「え、そんな…それなら尚更早く消さなければ!」
カイエンは思わず立ち上がった。
馴染む汗に焦りを感じる。
「落ち着いてくださいませ。心配していただくのは嬉しいですけれど、どの様なことが起こるのかは、まだ分からないですから」
しかし、カイエンは落ち着くどころか動揺を隠さない。
胸を押さえて、焦燥が宿った瞳で私を見た。
「落ち着いてなど…いられるわけがない…あなたにもし何かがあれば、僕は…この世の誰もが許せなくなってしまう…。お願いです、すぐに…すぐに行きましょう?」
呪いということは、誰かが私に呪いをかけたということになる。
「…もし、誰が呪いをかけたのか分かったらカイエン様はどうなさるおつもりですか?答えによっては、呪い師のところへ貴方を連れて行けません」
「本当はセレン様かそれ以上の苦しみを味わって欲しいとさえ思うのです。ですが、僕はセレン様が望む様にします」
目を落とすと、組まれた彼の手は震えている。
アリエナに目配せすると、お辞儀をして部屋を退出した。
「…今馬車を準備しますから、少し待っていただけますか?」
「セレン様…」
「着いてきてくださいますか?」
「もちろんです」
こうして、私たち三人は呪い師のもとを訪ねることにした。
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